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	<title>我が社の信条 - （株）流通ビジネス研究所</title>
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	<description>　　家電流通のプロフェッショナル</description>
	<lastBuildDate>Tue, 12 Jul 2022 12:37:50 +0000</lastBuildDate>
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	<title>我が社の信条 - （株）流通ビジネス研究所</title>
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		<title>「正しさ」だけではいけない</title>
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		<dc:creator><![CDATA[研究所長　川添 聡志]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 28 Apr 2022 02:34:39 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[経営戦略]]></category>
		<category><![CDATA[我が社の信条]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>これまで紹介してきたように加藤馨氏は「誠実な人生」「正しく生きること」を大切にして会社を経営し、人生を歩んできました。しかし、これは簡単なことではありません。 皆さんは、常に「正しさ」を主張する人と一緒にいて楽しいでしょ &#8230;<br /><a href="https://ryutsu-biz.co.jp/archives/1793" class="more-link pen_button pen_element_default pen_icon_arrow_double">続きを読む <span class="screen-reader-text">「正しさ」だけではいけない</span></a></p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p class="wp-block-paragraph">これまで紹介してきたように加藤馨氏は「誠実な人生」「正しく生きること」を大切にして会社を経営し、人生を歩んできました。しかし、これは簡単なことではありません。</p>



<p class="wp-block-paragraph">皆さんは、常に「正しさ」を主張する人と一緒にいて楽しいでしょうか。仕事でも、プライベートでも多くの人は息苦しさを感じるでしょう。正しさ、言い換えれば「正義」というものは、正しいがゆえに相手に反論を許しません。しかし、人間というものは、くだらないことに夢中になったり、人ぞれぞれの趣味嗜好があるものです。ある人には心地よいことが、ある人には不快だったり、同じ言葉でも人によって受け取り方が異なったりします。「正しさ」「正義」の対極にあるのは、「誤り」「不正」、あるいは「悪」です。正しさを主張することは、時に相手を「悪」とレッテル貼りすることになり、まさに「正義の名を借りた暴力」となります。そもそも、政治や国際紛争を見てもわかるように、「正義」自体が人や組織によって異なる場合もあるのです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「正しさ」を大切にしてきた加藤馨氏ですが、決して四角四面で融通の利かない人ではありません。日記に書かれている日常、あるいは古くからの仕事仲間とのプライベートな旅行、そういう中から見える加藤馨氏の姿は、とても優しく、他の人の苦労や悲しみへの深い共感があります。また、かつて加藤馨氏のもとで働いていた元従業員の方たちも、敬意だけでなく、「旦那さん」と親しみをもって加藤馨氏の思い出を話されます。</p>



<p class="wp-block-paragraph">加藤馨氏には「正しさ」と同じくらい「優しさ」があります。戦後まだまだ日本が貧しい中で、雇った従業員の家庭を訪問し、暮らしぶりや家族の置かれた状況にまで目を配り、今後の人生における目標まで一緒に考えました。雇った従業員の人生を良いものにするべく、そして従業員本人だけでなくその家族にも「加藤電機商会」で働いてよかったと思ってもらえるように心がけたのです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">会社が順調に発展すると、退職し独立した従業員の多くが厳しい生活に陥っていることに心を痛めます。従業員が安心して勤め、定年まで勤め上げた際にはひと財産を築けるよう、社員に自社株を持たせました。日々の付き合いにおける表面的な優しさではなく、従業員一人ひとりの人生に正面から向き合うからこそ、「旦那さん」と親のように慕われたのです。その優しさは、雇用関係のある従業員だけでなく、取引先、電機組合の同業者、戦友、そして新聞などで報じられた被害者にまで及んでいます（日本で働いて得た財産を盗まれた日系ブラジル人に被害金額の寄付を申し出たこともあります）。加藤馨氏の根底には、自分の存在や行動が、他の人にとってプラスであるか、良い影響を与えるかという物差しがあると感じます。</p>



<h2 class="wp-block-heading">加藤馨氏の大岡裁き</h2>



<p class="wp-block-paragraph">加藤馨氏を形成するもう一つの重要な要素が「現実主義」です。これは加藤馨氏の子供のころからの頭脳明晰さに加えて、情報将校として、戦争の理不尽さを見てきたことも影響しているかもしれません。加藤馨氏は、どのような状況下でも、常に冷静に状況を分析判断し、最適な解法を見出す努力を怠りませんでした。</p>



<p class="wp-block-paragraph">たとえば昭和二十年代後半にこんなことがありました。ラジオの配給を受けるために結成されたラジオ組合に加藤電機商会も加盟していましたが、昭和25年頃になるとラジオの配給がなくなり、組合の出資金を返還してくれとの声が強くなります。ところが、ここで理事長による出資金の使い込みが発覚。組合員が出資金の返還を申し出ても、出資金は返還されず、理事長が交代しても次の理事長に使い込みされた分の資金が引渡されません。「働いて返す」と先の理事長は言いますが、当時の家電店の売上で容易に返還できる金額ではありません。理事長が交代して後、加藤馨氏は会計担当としてこの解決に動きます。</p>



<blockquote class="wp-block-quote is-layout-flow wp-block-quote-is-layout-flow"><p>　私は、早くこの使い込み金を解決する努力をして参りましたが、進展しないので、次の案を考えました。<br><br>１． 役員会に出席した人に、１人１回に付き1,000円の日当を支払う。<br>　　（実際には、支払をせず、組合内に積立をして、使い込み金の穴埋めに使う為）<br>２． 最終不足金は、前理事長の個人的な借用書で支払う。<br><br>　以上の様な結果を理事会で決定し、その後２年で日当が12万円になり、これを比較的弱小店に優先的に返還し、残った40店舗には、4,000円の返済期限10年の借用証書を書留で郵送して決着致しました。この借用書は返済されず、時効になってしまいました。<br>後日、この件に就いては、多数の方から「会計が代弁すべきだ」と云って来ましたが、「私が会計係になる前の事件だから、私の責任では無い」と了解して戴きました。</p><cite>「茨城県電機商工組合　創立40周年記念　中央支部40年の歩みと私の組合活動」より</cite></blockquote>



<p class="wp-block-paragraph">　失われた出資金は28万円で、加藤馨氏は「今（1998年）の物価に換算すると、20倍で、560万円位に当たります」と振り返っています。不足金をそのままにしていては組合の活動に支障が出ます。また、出資金が返還されなくても困らない家電店もあれば、出資金がないと厳しい家電店もあります。そこで、加藤馨氏は、比較的有力な家電店店主である役員が役員会に出席した際に日当を払うかたちにして、実際には支払わず積立てます。そこで積み立てた12万円から、体力のない家電店に優先的に出資金を返還します。残る16万円は、40店舗で、4000円ずつ痛み分けとします。</p>



<p class="wp-block-paragraph">出資金をすべて返還するのは現実的に無理な話です。ではどうすることが最善なのか。役員がお金を持ち出すとなれば納得いかない人も多いでしょう。しかし、役員としての業務に充てる日当の積立てなら受け入れられますし、組合としても積み立てていける金額です。その上で、積み立てた資金を体力のない店から優先的に返還します。そして、残った加盟店は一律4000円、返還される見込みのない借用書を受け取る。完全な公平・公正とは言えませんが、目の前に残された使い込み金を解消するための、考えうる最善の「現実的」な解決策と言えるでしょう。</p>



<p class="wp-block-paragraph">面白いのは、「会計が代弁すべきだ」という多くの意見を、「私が会計係になる前の事件だから、私の責任では無い」と突っぱねている点です。弱い店舗を優先的に救済しつつ、皆で痛み分けすべきところは断固たる態度をとっています。</p>



<p class="wp-block-paragraph">結果として、この加藤馨氏の「大岡裁き」で使い込み金を解消し、昭和32年11月に「中小企業団体の組織に関する法律」が制定されたことを受け、「茨城県電機商工組合」が設立され旧組合員の全員が加入することになります。もし、使い込み金の問題が解消されていなければ、電機商工組合の設立もその後の運営もうまく進まなかったことでしょう。加藤馨氏の「現実主義」「問題解決能力」が発揮された事例です。</p>



<h2 class="wp-block-heading">凝縮された「我が社の信条」</h2>



<p class="wp-block-paragraph">「正しく」「優しく」、そして「現実主義」――加藤馨氏が会社を発展させた三つの資質と言えます。どれも経営者として欠かせないものです。初めて支店を出した際に加藤馨氏が作成したケーズデンキの「我が社の信条」――これまでも紹介してきましたが、先の三つの資質を踏まえていることが分かります。</p>



<blockquote class="wp-block-quote is-layout-flow wp-block-quote-is-layout-flow"><p>一．我等は今日一日を、感謝の気持ちで働きましょう<br>一．我等は今日一日を、健康で楽しく働きましょう<br>一．我等は今日一日を、親切と愛情を以って働きましょう<br>一．我等は今日一日を、電気専門店の誇りを以って働きましょう<br>一．我等は今日一日を、生産性の向上に努力しましょう</p></blockquote>



<p class="wp-block-paragraph">商売をするうえで「正しい」ことは第一前提です。そこに「親切と愛情」という「優しさ」、そして「生産性の向上」という「現実主義」も必要です。そしてこれらをしっかり実行していくには「健康で楽しく働く」ことが不可欠です。加藤馨氏の経営者としてのすごさが、ここに凝縮されているのです。</p><p>The post <a href="https://ryutsu-biz.co.jp/archives/1793">「正しさ」だけではいけない</a> first appeared on <a href="https://ryutsu-biz.co.jp">（株）流通ビジネス研究所</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>馨氏の戦争体験</title>
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		<dc:creator><![CDATA[研究所長　川添 聡志]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 02 Apr 2021 05:46:03 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[会社の歴史]]></category>
		<category><![CDATA[我が社の信条]]></category>
		<category><![CDATA[戦争体験]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>※本記事は「株式会社加藤馨経営研究所」サイトにて執筆・公開した記事です。 ケーズデンキの前身は、カトーデンキ、さらにさかのぼれば「有限会社加藤電機商会」です。昭和22（1947）年に水戸市元台町で加藤馨氏がラジオ修理店を &#8230;<br /><a href="https://ryutsu-biz.co.jp/archives/283" class="more-link pen_button pen_element_default pen_icon_arrow_double">続きを読む <span class="screen-reader-text">馨氏の戦争体験</span></a></p>
<p>The post <a href="https://ryutsu-biz.co.jp/archives/283">馨氏の戦争体験</a> first appeared on <a href="https://ryutsu-biz.co.jp">（株）流通ビジネス研究所</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p class="wp-block-paragraph"><strong>※本記事は「株式会社加藤馨経営研究所」サイトにて執筆・公開した記事です。</strong></p>



<p class="wp-block-paragraph">ケーズデンキの前身は、カトーデンキ、さらにさかのぼれば「有限会社加藤電機商会」です。昭和22（1947）年に水戸市元台町で加藤馨氏がラジオ修理店を開業し、昭和26（1951）年7月1日から今の柳町事務所がある場所、当時の根積町562-4に移転オープンしてから業績が拡大し、昭和30（1955）年10月1日に有限会社を設立しました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">終戦時、職業軍人の将校（陸軍中尉）だった加藤馨氏は、昭和20年9月12日に軍が解体され1000円の退職手当を受け取って復員します。</p>



<blockquote class="wp-block-quote is-layout-flow wp-block-quote-is-layout-flow"><p>　毎日猛烈なインフレが起こり、人々はお金では物を売らず、もっぱら生活必需物品と物々交換で生活した。復員する時、私のいた部隊には18名の将校がいたが米軍の命令で将来死刑になるかもしれないと、その時の用意に軍医から青酸カリを一包づつ貰って胸のポケットに非常の場合の自殺用に持っていた。</p><p>　戦後、米軍司令官のマッカーサーの日本統治は日本軍が想像していたよりおとなしく、戦争犯罪人以外は刑罰を受けないことになり、３年後に畑を深く掘ってこの青酸カリをバラバラにして埋めてしまった。それから軍隊に関する書類や友人、知人の名簿は全部一日係って焼却した。この結果、豊岡の航空士官学校の同期生の分はわかるが、他の部隊の人々の名簿は今もなく連絡が取れない。</p><cite>加藤馨氏が1993年5月9日に書いた「家系記録」より</cite></blockquote>



<p class="wp-block-paragraph">復員した馨氏は、戦後まもなく設立された職業安定所に通います。しかし、ある日、職業安定所の所長から「旧職業軍人の将校には職業を紹介しないように占領軍（当時はＧＨＱ）から指令が出ている。そのことをここに張り出して（告知して）はいないが、こういう理由なのであなたに職業の紹介はできない」と言われます。そこで、通信機器の知識を生かし自らラジオ修理店を開業します。このお店は後に有限会社加藤電機商会となり、カトーデンキ、さらには後のケーズデンキとなります。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="1995年の馨氏の発言">1995年の馨氏の発言</h2>



<p class="wp-block-paragraph">馨氏が「正しく生きる」ことを強く意識された背景には強烈な戦争体験があります。通信士官だったため、最前線で戦ったことは決して多くありませんが、初年兵の時にはソ連と満州の国境に出動しています（1937年6月の<a href="https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%BE%E5%B2%94%E5%AD%90%E5%B3%B6%E4%BA%8B%E4%BB%B6" target="_blank" rel="noreferrer noopener" title="https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%BE%E5%B2%94%E5%AD%90%E5%B3%B6%E4%BA%8B%E4%BB%B6">乾岔子島（カンチャーズ）事件</a>）。ニューギニアに無線機を運搬、建設する任務では、B29攻撃機の爆撃を受けています。また、軍隊という組織がいかに人を人として扱っていない場面や、ありえないような指示で戦友が死んでいく場面を目の当たりにします。特に通信班に所属していた馨氏は、前線から送られてくる通信から戦況の悪化を把握していました。しかし、これは機密情報でありとても口外できるものではありません。日々戦況は悪化するにもかかわらず、軍部統制下の日本では、勇ましい報道ばかりが流れていました。そのような戦争体験が、馨氏の「正しく生きる」という信念につながっているのではないでしょうか。</p>



<p class="wp-block-paragraph">戦後50年経って編纂された「490人の軍・戦歴譜　陸軍士官学校・陸軍航空士官学校少尉候補者第24期生」という冊子があります。ここに士官学校にいた人たちが掲載されており、配属部隊や参加した作戦名、終戦時の地名などに加えて、所信や近況報告を行う自由文が添えられています。水戸で終戦を迎えた馨氏も掲載されていますが、馨氏が寄せた文章は、その内容が他の士官学校出身者と温度が異なり、読むものをハッとさせます。</p>



<blockquote class="wp-block-quote is-layout-flow wp-block-quote-is-layout-flow"><p>戦前の事は人に知られたくないことが多いと思いますので余り詳細な事を記載しない方が良いと思います。我々は軍国主義の教育を受けた人間で，今の民主主義の時代に育った人には軍国主義の悲惨な世の中を理解することは出来ないと思いますから，我々は残念乍（なが）ら悪い時代に生れたものです。昔から時はすべてを解決すると言われますから。</p><cite>全国錦会世話人編「490人の軍・戦歴譜　陸軍士官学校・陸軍航空士官学校少尉候補者第24期生」より</cite></blockquote>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img data-recalc-dims="1" fetchpriority="high" decoding="async" src="https://i0.wp.com/ryutsu-biz.co.jp/wp-content/uploads/2021/04/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB_013-scaled-e1617851561739-768x1024.jpeg?resize=622%2C829&#038;ssl=1" alt="" class="wp-image-511" width="622" height="829"/><figcaption>1995年に発行された「490人の軍・戦歴譜　陸軍士官学校・陸軍航空士官学校少尉候補者第24期生」</figcaption></figure>
</div>




<p class="wp-block-paragraph">多くの人が、戦後50周年を迎えた日本の現状を憂いたり、あるいは軍人としての誇りをもって生きていることを記したりする中、馨氏は冷静に現実を見据えています。この文章は特筆すべきものです。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="親友との再会">親友との再会</h2>



<p class="wp-block-paragraph">先に引用した1993（平成5）年に馨氏が書いた「家系記録」の文章に「軍隊に関する書類や友人、知人の名簿は全部一日係って焼却した。この結果、豊岡の航空士官学校の同期生の分はわかるが、他の部隊の人々の名簿は今もなく連絡が取れない」とあります。馨氏が中国北部（山東省臨清県）に着任していた当時の親友に原栄治氏がいました。中郡大野村（現在の平塚市）在住でしたが、戦後馨氏はずっと消息を探し続けました。相模原市役所に何度も生死を問い合わせるも不明。そのような中、馨氏の次兄（実氏）が住所を探し出します。原氏に再会できたのは2004年（平成16）5月のこと。馨氏が平塚市の原氏を訪ねた日に持参し、見ていたと思われる平塚市の地図は、今も事務所に残されています。原さん宅までの道がボールペンと蛍光ペンで地図に印されています。</p>



<p class="wp-block-paragraph">また、馨氏の軍隊時代のアルバムには、原氏の写真とともに「平成16年5月に訪問 再会できて歓び合った。1年前から脳梗塞で片足が不自由でしたが元気は良かった」と、後に記入した文章が添えられています。終戦から約50年を経ての再会。その喜びが伝わってきます。事務所の資料を整理している中で、この平塚市の地図の書き込みを見つけ、その後アルバムの記述や日記の記述に触れた時、筆者も深い感動を覚えました。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img data-recalc-dims="1" decoding="async" src="https://i0.wp.com/ryutsu-biz.co.jp/wp-content/uploads/2021/04/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB_004-scaled-e1617851573848-1024x768.jpeg?resize=572%2C429&#038;ssl=1" alt="アルバムに残されていた中国北部に派遣された当時の親友の写真" class="wp-image-510" width="572" height="429"/><figcaption>左の写真が中国北部に派遣された当時の親友、原栄治氏。写真下に再会の経緯が記されている</figcaption></figure>
</div>


<p class="wp-block-paragraph">同年2004年10月14日に馨氏は訃報を受け取ります。この日の日記には「平塚の原栄治君が9月30日死亡したと家族から手紙が来た。淋しい日だ。」と記されています。2日後の10月16日。日記には、「寒むいと感ずる朝だ。平塚の原君が亡くなって通知が１４日来たので、ご仏前（メロン２個入）を買って手紙をそへて贈った。同期生原君との今まで、特に戦場での事、戦後探した事等を書いて遺族の方に知らせて私の任務は終わったと思う。」と書かれています。人生の最後に間に合い、再会できたことは二人にとって幸福なことだったでしょう。原氏との思い出をつづり、ご遺族に伝えたことで「私の任務は終ったと思う」という一文にはさまざまな思いが込められています。</p>



<p class="wp-block-paragraph">戦争という「非日常で」「不道理な」時代を経験した馨氏ですが、かつての同窓生や旧友との交流は長く続きました。90歳を過ぎてからもかつての陸軍航空士官学校時代の同期生と連絡を取り合っています。上の命令は絶対、正しい戦況把握に基づかない理不尽な指令、そういった状況下では人間の本性が現れます。様々な上官の中にも「部下思いの副官」「軍人として勤務した期間で最高の人格者」といった人にも出会います。戦争という極限下で、「人が人らしく生きる」「本当の思いやり」といったことを強く感じたのかも知れません。馨氏が創業し、会社が大きくなってからも「誠実であること」「正しく生きること」を変わらず重視し続けてきたことは、体験に基づく強い信念でしょう。</p>



<p class="wp-block-paragraph">今回は、馨氏の戦争体験について触れましたが、以前も紹介したケーズデンキの「我が社の信条」にある「感謝の気持ちで働きましょう」「健康で楽しく働きましょう」「親切と愛情を以って働きましょう」という文章には、馨氏の戦争体験が反映されているように思えます。このような馨氏の思いは、戦争を身近な話として聞いたことがない世代には、文章だけではなかなか理解できないものです。引き継ごうという思い、知ろうとする努力がなければ、言葉は形骸化してしまいます。形骸化すれば、いくら同じ言葉を皆で声に出し続けても、会社の魂とも言える創業精神は失われます。</p>



<p class="wp-block-paragraph">本サイトでは馨氏の戦争体験について今後も取り上げていく予定です。また、立石泰則氏の著書「<a href="https://www.amazon.co.jp/%E6%88%A6%E4%BA%89%E4%BD%93%E9%A8%93%E3%81%A8%E7%B5%8C%E5%96%B6%E8%80%85-%E5%B2%A9%E6%B3%A2%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E7%AB%8B%E7%9F%B3-%E6%B3%B0%E5%89%87/dp/4004317282" target="_blank" rel="noreferrer noopener">戦争体験と経験者</a>」（岩波新書）も、加藤馨氏の戦争体験を取り上げている貴重な書籍です。でぜひ読んでいただきたいと思います。</p>


<div class="wp-block-image">
<figure class="aligncenter size-large is-resized"><img data-recalc-dims="1" decoding="async" src="https://i0.wp.com/ryutsu-biz.co.jp/wp-content/uploads/2021/04/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB_009-scaled-e1617851536393-1024x768.jpeg?resize=670%2C503&#038;ssl=1" alt="ラバウル島にいた時の加藤馨氏" class="wp-image-512" width="670" height="503"/><figcaption>矢印が示しているのが加藤馨氏。「ラバウル島、毎日のように夜は米軍機（B29）の爆撃があった」と記されています　（※B29とあるが、実際は違う爆撃機）</figcaption></figure>
</div>


<p class="wp-block-paragraph"></p><p>The post <a href="https://ryutsu-biz.co.jp/archives/283">馨氏の戦争体験</a> first appeared on <a href="https://ryutsu-biz.co.jp">（株）流通ビジネス研究所</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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		<title>お客様のための「本当の親切」を考える</title>
		<link>https://ryutsu-biz.co.jp/archives/186</link>
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		<dc:creator><![CDATA[研究所長　川添 聡志]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 22 Jan 2021 02:41:14 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[経営戦略]]></category>
		<category><![CDATA[創業精神]]></category>
		<category><![CDATA[我が社の信条]]></category>
		<category><![CDATA[本当の親切]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>※本記事は「株式会社加藤馨経営研究所」サイトにて執筆・公開した記事です。 多くのサービス・小売業が「お客様第一」を掲げ、「親切」を標ぼうしています。自社店舗の強みを「親切」と語る企業も少なくありませんが、「親切」は競合と &#8230;<br /><a href="https://ryutsu-biz.co.jp/archives/186" class="more-link pen_button pen_element_default pen_icon_arrow_double">続きを読む <span class="screen-reader-text">お客様のための「本当の親切」を考える</span></a></p>
<p>The post <a href="https://ryutsu-biz.co.jp/archives/186">お客様のための「本当の親切」を考える</a> first appeared on <a href="https://ryutsu-biz.co.jp">（株）流通ビジネス研究所</a>.</p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p class="wp-block-paragraph"><strong>※本記事は「株式会社加藤馨経営研究所」サイトにて執筆・公開した記事です。</strong></p>



<p class="wp-block-paragraph">多くのサービス・小売業が「お客様第一」を掲げ、「親切」を標ぼうしています。自社店舗の強みを「親切」と語る企業も少なくありませんが、「親切」は競合との差別化になりうるのでしょうか？　</p>



<p class="wp-block-paragraph">家電を例にあげるなら、昔秋葉原などの電気街にあった「バッタ屋」は親切ではありませんでした。売りが「安さ」だけなので、サービスや親切とは無縁で、商品を購入する際には型番だけで指定しなければならず、商品説明などは一切ありません。支払いも現金のみで、持ち帰りが基本です。今の時代から見ればとても不便ですが、一般的な電気屋ではとても買えない安い価格で買えると話題となりました。この当時、「安さ」と「サービス・親切」は相反する関係だったと言えるでしょう。</p>



<p class="wp-block-paragraph">しかし、今は時代が違います。「品揃え」「安さ」「親切・サービス」は当たり前の要素です。商品は正規の仕入れで、立地や店舗規模により多少品揃えや価格に差はありますが、ごく一般的な家電について大きな差はありません。チラシ掲載価格を比較すれば、高額な冷蔵庫やエアコン、洗濯機などでは4000～5000円の価格差があることもあります。しかし、これも店頭ではすぐ価格対抗しますし、そもそチラシ掲載価格や店頭表示価格からいかに値切るか、価格交渉が当たり前になっています。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「品揃え」「価格」だけではなかなか差別化が難しい状況だからこそ、また価格だけならネット通販も使える時代だからこそ、リアル店舗で相対する「親切」は特に大切な要素となっているのです。価格比較して自分の判断で買えるなら、接客や商品説明は不要でしょう。しかし、スペック比較だけでは分からない、自分の生活や利用目的に本当に最適な機能や性能を知るために、そして購入商品を決断する最後のひと押しとして、親身のアドバイスが必要なのです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">加藤馨氏は「親切」について、以下のように語っています。</p>



<blockquote class="wp-block-quote is-layout-flow wp-block-quote-is-layout-flow"><p>親切は誰でもできますが、ただ人に親切にしたのでは相手の人はそれを正しく受けてくれないものです。それは、人間には他人に対する警戒心というものがあって、良いことを簡単に教えてくれないと思っているからです。親切は、愛情をもってしてやらないと相手に通じません。愛情とは相手の身になって考えてやってこそ通ずるのですから、愛情ある行動を身につける人間になりましょう。そういう人になることによって、信用ある人間となる事ができます。</p><cite>加藤馨氏「回顧録」より</cite></blockquote>



<p class="wp-block-paragraph">この考えは、ケーズデンキの最初にできた支店「駅南店」出店の際に加藤馨氏が作成した「我が社の信条」に、「我等は今日一日を親切と愛情を以って働きましょう」という一文として記され、現在も引き継がれています。加藤馨氏は常々「一番大切なのは誠実」と語っています。「誠実」を具体的に示したものが「親切と愛情を以って働く」ことなのです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「親切と愛情を以って働く」というのは、何もお客様に対してだけではありません。社員同士のサポート、あるいは管理職と部下、店舗と本部のコミュニケーションなど、あらゆる関係において「親切は、愛情をもってしてやらないと相手に通じません。愛情とは相手の身になって考えてやってこそ通ずる」と加藤馨氏は示しているのでしょう。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="親切で競合に勝てるのか">親切で競合に勝てるのか</h2>



<p class="wp-block-paragraph">加藤馨氏がラジオ修理店を立ち上げ、水戸を中心に展開する家電量販店を展開していた時代は、比較的近いエリアに住むお客様が中心です（とはいえ地域家電店よりは広い商圏ですが）。誠実な商売は、信用につながり、お客様も増えたでしょう。しかし、競合が増え、価格競争が激化し、家電量販店サバイバルの様相を呈してきた時期にも通用したのでしょうか。</p>



<p class="wp-block-paragraph">競合に勝つための手段は、特別な仕掛けやテクニックではありません。加藤修一氏は1988年の新年の挨拶で「競合に勝てる店」について語っています。</p>



<blockquote class="wp-block-quote is-layout-flow wp-block-quote-is-layout-flow"><p>家庭に入るチラシや店の周りを見てもすぐ分かるように、競合店が非常に増えました。こうしたきびしい競合環境の中で、どうしたら昨年以上の成績が上げられるだろうか——そのことについて、もっと真剣に考えていかなければなりません。安いチラシをまけば、その時は客が来てくれるかもしれませんが、それだけでは力のつく商売にはなりません。カトーデンキへ行けば、欲しいものはなんでもあるし、店も明るくきれいで、社員のあいさつも気持ちがいい。それに、商品については納得のいく説明をしてくれるし、アフターサービスもよい。さらには、値段の割りには良い品物がそろっているなど、気楽に、安心して買い物をしてもらえる店のイメージをつくりあげる、そのことが競合店に勝てるポイントだと私は考えています。</p></blockquote>



<p class="wp-block-paragraph">親切であるためには、仕事に余裕が必要です。そのためにカトーデンキでは、個々の販売員にノルマは課しませんでした。「月刊家電ビジネス」1985年10月号の取材で加藤修一社長（当時）は以下のように語っています。</p>



<blockquote class="wp-block-quote is-layout-flow wp-block-quote-is-layout-flow"><p>「（会社として）力を蓄えるところまではなかなかいかない。企業である以上、そういうことはあり得ないでしょうね。<br>　しかし、余裕をもって仕事をしていかなければならないと考えています。<strong>余裕があれば、未来投資だけを考えて商売をしていける。将来売り上げが増えるとか、利益が増えるという布石が打てる。</strong><br>　ところが余裕がなくなると、すべてが悪い方向へ回りはじめるんです。その日だとか、その週の売り上げを追いかけなければならないようだと、例えば今日だけ安く売るということをやる。たしかに、その日の売り上げは伸びるかもしれないが、以前に高く買ったお客さんは不信感をいだいて店から逃げるかもしれない」。<br>　常に将来の需要への「種まき」を考え、「月々の売上げは、いってもいかなくても悔いはない」と言い切る加藤社長。<br>「<strong>世の中には徹底して刈り取りをやる店もあれば、種をまく店もある。私らも刈り取りはやるんだが、種をまきながら刈り取りをやる。常に余裕をもつて、種まきだけをやれば良い、刈り取りは自然に成ったものだけを取れば良い、という考えでやりたいと思っています</strong>」。</p><cite>「月刊家電ビジネス」1985年10月号「流通再編時代の中堅企業――茨城・カトーデンキ　最終的に競争に勝つには“人の力”の強化しかない」より</cite></blockquote>



<p class="wp-block-paragraph">販売員にノルマがあれば、件数を達成するために一人のお客様に長い時間をかけられない場合が出てきます。目標件数や目標金額が厳しければ、今接客しているお客様に対して手っ取り早く値引きして売って、次のお客様に向うといった行動をとらざるを得ないこともあります。時にはお客様をだますような説明で無理やり売ってしまうかもしれません。これでは「親切と愛情」をもった仕事とは言えないでしょう。</p>



<p class="wp-block-paragraph">競合よりも過激な目を引くチラシやセールといった販促を打てば、一時的に売上を向上できるでしょう。しかし、販促を止めれば効果がなくなりますし、逆に買おうとしていたお客様の需要を先取りしてしまい、反動が生じかねません。結果として過激な販促を止められなくなり、お客様が販促に慣れてしまったらより過激にしないといけなくなります。これでは「無駄な労力」ばかりが増えていきます。加藤修一氏がよく語る「テクニックは使うな」という言葉は、まさにこのことを指しています。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「親切と愛情」を持った仕事をするためには、目先の結果を求めるような状況を避けなければなりません。日々の接客を「将来への種まき」だと考えてこそ、「親身」の接客ができるのです。今している接客は「将来の売上」につながるもの、そして「将来の売上」をより高く積み上げていくことで、店舗の実績が無理なく継続的に向上していきます。そうやって着実に収益を高めていけば、その間に「無駄な労力」を重ねてきた競合は、無理がたたって倒れていく――「がんばらない経営」の根底には、このような戦略的なアプローチもあるのです。</p><p>The post <a href="https://ryutsu-biz.co.jp/archives/186">お客様のための「本当の親切」を考える</a> first appeared on <a href="https://ryutsu-biz.co.jp">（株）流通ビジネス研究所</a>.</p>]]></content:encoded>
					
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