「正しさ」だけではいけない

昭和30年代頃の加藤電機商会の集合写真

これまで紹介してきたように加藤馨氏は「誠実な人生」「正しく生きること」を大切にして会社を経営し、人生を歩んできました。しかし、これは簡単なことではありません。

皆さんは、常に「正しさ」を主張する人と一緒にいて楽しいでしょうか。仕事でも、プライベートでも多くの人は息苦しさを感じるでしょう。正しさ、言い換えれば「正義」というものは、正しいがゆえに相手に反論を許しません。しかし、人間というものは、くだらないことに夢中になったり、人ぞれぞれの趣味嗜好があるものです。ある人には心地よいことが、ある人には不快だったり、同じ言葉でも人によって受け取り方が異なったりします。「正しさ」「正義」の対極にあるのは、「誤り」「不正」、あるいは「悪」です。正しさを主張することは、時に相手を「悪」とレッテル貼りすることになり、まさに「正義の名を借りた暴力」となります。そもそも、政治や国際紛争を見てもわかるように、「正義」自体が人や組織によって異なる場合もあるのです。

「正しさ」を大切にしてきた加藤馨氏ですが、決して四角四面で融通の利かない人ではありません。日記に書かれている日常、あるいは古くからの仕事仲間とのプライベートな旅行、そういう中から見える加藤馨氏の姿は、とても優しく、他の人の苦労や悲しみへの深い共感があります。また、かつて加藤馨氏のもとで働いていた元従業員の方たちも、敬意だけでなく、「旦那さん」と親しみをもって加藤馨氏の思い出を話されます。

加藤馨氏には「正しさ」と同じくらい「優しさ」があります。戦後まだまだ日本が貧しい中で、雇った従業員の家庭を訪問し、暮らしぶりや家族の置かれた状況にまで目を配り、今後の人生における目標まで一緒に考えました。雇った従業員の人生を良いものにするべく、そして従業員本人だけでなくその家族にも「加藤電機商会」で働いてよかったと思ってもらえるように心がけたのです。

会社が順調に発展すると、退職し独立した従業員の多くが厳しい生活に陥っていることに心を痛めます。従業員が安心して勤め、定年まで勤め上げた際にはひと財産を築けるよう、社員に自社株を持たせました。日々の付き合いにおける表面的な優しさではなく、従業員一人ひとりの人生に正面から向き合うからこそ、「旦那さん」と親のように慕われたのです。その優しさは、雇用関係のある従業員だけでなく、取引先、電機組合の同業者、戦友、そして新聞などで報じられた被害者にまで及んでいます(日本で働いて得た財産を盗まれた日系ブラジル人に被害金額の寄付を申し出たこともあります)。加藤馨氏の根底には、自分の存在や行動が、他の人にとってプラスであるか、良い影響を与えるかという物差しがあると感じます。

加藤馨氏の大岡裁き

加藤馨氏を形成するもう一つの重要な要素が「現実主義」です。これは加藤馨氏の子供のころからの頭脳明晰さに加えて、情報将校として、戦争の理不尽さを見てきたことも影響しているかもしれません。加藤馨氏は、どのような状況下でも、常に冷静に状況を分析判断し、最適な解法を見出す努力を怠りませんでした。

たとえば昭和二十年代後半にこんなことがありました。ラジオの配給を受けるために結成されたラジオ組合に加藤電機商会も加盟していましたが、昭和25年頃になるとラジオの配給がなくなり、組合の出資金を返還してくれとの声が強くなります。ところが、ここで理事長による出資金の使い込みが発覚。組合員が出資金の返還を申し出ても、出資金は返還されず、理事長が交代しても次の理事長に使い込みされた分の資金が引渡されません。「働いて返す」と先の理事長は言いますが、当時の家電店の売上で容易に返還できる金額ではありません。理事長が交代して後、加藤馨氏は会計担当としてこの解決に動きます。

 私は、早くこの使い込み金を解決する努力をして参りましたが、進展しないので、次の案を考えました。

1. 役員会に出席した人に、1人1回に付き1,000円の日当を支払う。
  (実際には、支払をせず、組合内に積立をして、使い込み金の穴埋めに使う為)
2. 最終不足金は、前理事長の個人的な借用書で支払う。

 以上の様な結果を理事会で決定し、その後2年で日当が12万円になり、これを比較的弱小店に優先的に返還し、残った40店舗には、4,000円の返済期限10年の借用証書を書留で郵送して決着致しました。この借用書は返済されず、時効になってしまいました。
後日、この件に就いては、多数の方から「会計が代弁すべきだ」と云って来ましたが、「私が会計係になる前の事件だから、私の責任では無い」と了解して戴きました。

「茨城県電機商工組合 創立40周年記念 中央支部40年の歩みと私の組合活動」より

 失われた出資金は28万円で、加藤馨氏は「今(1998年)の物価に換算すると、20倍で、560万円位に当たります」と振り返っています。不足金をそのままにしていては組合の活動に支障が出ます。また、出資金が返還されなくても困らない家電店もあれば、出資金がないと厳しい家電店もあります。そこで、加藤馨氏は、比較的有力な家電店店主である役員が役員会に出席した際に日当を払うかたちにして、実際には支払わず積立てます。そこで積み立てた12万円から、体力のない家電店に優先的に出資金を返還します。残る16万円は、40店舗で、4000円ずつ痛み分けとします。

出資金をすべて返還するのは現実的に無理な話です。ではどうすることが最善なのか。役員がお金を持ち出すとなれば納得いかない人も多いでしょう。しかし、役員としての業務に充てる日当の積立てなら受け入れられますし、組合としても積み立てていける金額です。その上で、積み立てた資金を体力のない店から優先的に返還します。そして、残った加盟店は一律4000円、返還される見込みのない借用書を受け取る。完全な公平・公正とは言えませんが、目の前に残された使い込み金を解消するための、考えうる最善の「現実的」な解決策と言えるでしょう。

面白いのは、「会計が代弁すべきだ」という多くの意見を、「私が会計係になる前の事件だから、私の責任では無い」と突っぱねている点です。弱い店舗を優先的に救済しつつ、皆で痛み分けすべきところは断固たる態度をとっています。

結果として、この加藤馨氏の「大岡裁き」で使い込み金を解消し、昭和32年11月に「中小企業団体の組織に関する法律」が制定されたことを受け、「茨城県電機商工組合」が設立され旧組合員の全員が加入することになります。もし、使い込み金の問題が解消されていなければ、電機商工組合の設立もその後の運営もうまく進まなかったことでしょう。加藤馨氏の「現実主義」「問題解決能力」が発揮された事例です。

凝縮された「我が社の信条」

「正しく」「優しく」、そして「現実主義」――加藤馨氏が会社を発展させた三つの資質と言えます。どれも経営者として欠かせないものです。初めて支店を出した際に加藤馨氏が作成したケーズデンキの「我が社の信条」――これまでも紹介してきましたが、先の三つの資質を踏まえていることが分かります。

一.我等は今日一日を、感謝の気持ちで働きましょう
一.我等は今日一日を、健康で楽しく働きましょう
一.我等は今日一日を、親切と愛情を以って働きましょう
一.我等は今日一日を、電気専門店の誇りを以って働きましょう
一.我等は今日一日を、生産性の向上に努力しましょう

商売をするうえで「正しい」ことは第一前提です。そこに「親切と愛情」という「優しさ」、そして「生産性の向上」という「現実主義」も必要です。そしてこれらをしっかり実行していくには「健康で楽しく働く」ことが不可欠です。加藤馨氏の経営者としてのすごさが、ここに凝縮されているのです。

研究所長 川添 聡志

株式会社流通ビジネス研究所 所長 雑誌および書籍の編集者として出版業界に携わる。家電量販店向け業界誌『月刊IT&家電ビジネス』編集長を務めた後、家電量販企業に転職。営業企画やWebを含めた販促などを担当し、その後流通コンサルタントとして独立。ケーズデンキ創業者・加藤馨氏および経営を引き継いだ加藤修一氏の「創業精神」を後世に伝えるため、株式会社加藤馨経営研究所の設立に携わり研究所所長に就任。その後、ケーズデンキに限定せず、幅広く流通市場を調査研究するため、2022年1月からコンサルティング会社「株式会社流通ビジネス研究所」を設立し、同年4月より活動拠点を新会社に移行

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