経済誌のあきれた家電量販比較記事

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 12月4日のダイヤモンド・オンラインに「【ヤマダデンキvsビックカメラ】王者ヤマダをビックが猛追!立地・在庫回転・ECの三番勝負で徹底比較、軍配は?」という記事が掲載された。しっかりとした業界の知識を持たずに、表面的な数値や営業戦略だけで、企業の経営状況を比較する軽率な記事に驚かされた。

 先に言っておくが、筆者はヤマダHDの異業種拡大戦略には否定的な立場であり、現在のヤマダHDは主力であるはずの家電販売で苦戦していることが大きなリスクだと考えている。そういう意味では、今回の記事の「ヤマダHDが苦戦している」という結論と似ているかもしれないが、そのように判断する根拠は異なる。そもそも売上上位としてヤマダHDとビックカメラを2強として比較し、「ビックカメラの快走」と結論づけることはあまりにも無理がある。反論というわけではないが、この記事の問題点を指摘しておきたい。

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ダイヤモンドオンラインに12月4日掲載された記事「ヤマダデンキvsビックカメラ」。会員限定記事となっている

売上推移の比較

 まず、2社の近年の売上推移を比較しているが、記事では以下のように指摘している。

 だが、アフターコロナの業績はやや見劣りする。11月に開示された25年3月期中間決算では、売上高は前年同期比2.7%増の7960億円、営業利益は同14.1%増の232億円となった。
 対して、ビックカメラの業績は上り調子だ。24年8月期下期の売上高は前年同期比17.6%増の4750億円、営業利益は同2.1倍の146億円となったのだ。

12月4日 ダイヤモンド・オンライン「【ヤマダデンキvsビックカメラ】王者ヤマダをビックが猛追!立地・在庫回転・ECの三番勝負で徹底比較、軍配は?」 以下同

 ビックカメラが大きく伸ばしているのは、間違いなくインバウンド需要減の反動とさらなるインバウンド需要の拡大だ。実際、記事でも「インバウンドという強力な追い風をビックカメラは生かそうとしている。同社は29年までの中期経営計画でインバウンドの売り上げ強化を掲げており、今後は免税特化店舗を増設していく」と説明している。

 だが、待ってほしい。ビックカメラはインバウンド需要取り込みに積極的だが、これまでに中国との外交問題、コロナによるインバウンド減少で、競合他社より大きく売上を落としていたことも事実だ。現在はインバウンド需要も好調で、今後もこの好調さが持続するかもしれない。しかし、インバウンド客は、決して固定客ではないことも見逃せない。市場環境が変われば、あっという間に離脱しかねない脆弱な顧客基盤だ。

 流通業においては、固定客と流動客のバランスが重要になる。流動客は、価格や施策によって、購入先をコロコロ変える。店舗ブランドに信頼を寄せているのではなく(顧客ロイヤルティ)、商品の価格や特典、利便性などを重視している。いくら流動客に好調に売れていても、価格政策や特典施策を見直せば、容易に競合他社に乗り換える。

 一方、固定客は「家電を買うならこの店で」という強い店舗ブランドへの信頼がある。相対で競合価格に合わせてくれるなら購入先を変えず、多少価格差があっても購入先を変えない場合も多い。特に高額で長年使用し、配送設置サービスが必要となる大型家電は、信頼している店舗で優先的に購入する。大型家電は、家電量販店にとっては収益の柱であるとともに、購入サイクルが10年前後と長く、企業にどれだけ多くの固定客がいるかで左右される。インバウンド需要と異なり、長期にわたる安定的な収益の土台だ。

 ヤマダHDはもともと郊外型量販であり、特に地方の店舗数が多い。地方店舗では大型家電を中心に固定客が多い。一方、ビックカメラのようなカメラ量販店は、通勤通学の途上での小物、消耗品買いが多い。スマホ関連品やパソコン消耗品、あるいはヘッドホンなど。カメラや玩具、音響製品などの趣味商品にも強いが、基本的には、低価格商品を高回転で回すビジネスモデルだ。

商品回転率比較は無意味

 同記事では、両社の差を分ける要素として「立地」を挙げ、駅前立地のビックカメラは「アフターコロナのインバウンド需要を多く取り込んでいる」と軍配を上げている。しかし、本当にビックカメラが優位と言えるだろうか。短期視点で優れているように見えても、中長期視点で考えれば、駅前立地ビジネスの脆弱性も見え隠れする。逆に、環境変化に強いのは郊外型店舗が多いヤマダHDという見かたもできなくはない。

 このような状況を考えると、同記事がもう一つの要素として挙げる「棚卸資産回転率」の比較も無意味と言えよう。そもそも、郊外の高単価・低回転率と、駅前の低価格・高回転率は、ビジネスモデルが違うのだ。

 棚卸し資産回転率は、在庫回転率とも呼ばれる。賃借対照表の棚卸し資産と、損益計算書の売上高を用いて計算する指標で、数字が大きいほど、効率的に商品を仕入れて販売していることを示す。
 ヤマダの棚卸し資産回転率を見ると、コロナ禍の巣ごもり需要で家電の販売が伸びた21年3月期は4.4回転だった。これは、1年間で在庫が4.4回入れ替わったということだ。 コロナ禍が明けると棚卸し資産回転率は下がり、24年3月期は3.8回転にまで悪化している。
 一方、ビックカメラの棚卸し資産回転率は、コロナ禍前から一貫してヤマダより高い水準にある。24年8月期は8.3回転となっており、ヤマダに2倍以上の差をつけている。

 違って当然だ。郊外店の多いヤマダHDは、棚卸回転率は4~5回転。カメラ量販であるビックカメラは7~8回転。これも単なるビジネスモデルの違いだ。もちろんヤマダHDが住宅販売やリフォームなど、回転率の低い商材を事業に取り込み、回転率が低下しているのは事実だ。しかし、「ヤマダに2倍以上の差をつけている」という解釈は無意味である。そもそも、カメラ量販店は郊外店と在庫管理が違う面も見逃せない。商習慣に関する昔話を少し話したい。

 高級カメラや高級レンズは、店舗が在庫として仕入れて販売するのは難しい商品だ。マニアに対して必要な品ぞろえではあるが、単価があまりにも高く、通常商品のように在庫を確保すれば、資金繰りに影響を与えかねない。そこでカメラメーカーは、メーカー在庫を店舗の倉庫に置き、売れた段階ではじめて仕入れが発生するようにした。いわゆる「消化仕入」だ。カメラメーカーとしても高級品は販売したいし、カメラ販売店も高級品を並べて魅力ある品揃えを実現したい、両者にとってメリットがある販売方法だった。

 カメラ販売店からスタートしたカメラ量販店は、その後品揃えをオーディオやパソコン、家電へと品揃えを拡大するが、その中で「消化仕入」に準じた販売方法をメーカーに要望した。実際、客数が多く、回転率が高いカメラ量販では、「買取仕入」では在庫が不足する可能性が高い。駅前立地の大規模カメラ量販店はメーカーにとって販売効率も良く、要望に応じたメーカーもあった。その結果、在庫を「買取仕入」で確保する郊外量販店と棚卸資産回転率で大きな差が生じている。

 一方、郊外量販店は日本全国に商品を行き渡らせられるメリットがある。とはいえ、店舗数が非常に多いため市中在庫は格段に多くなる。そこでメーカーは、仕入価格の改定や処分費、あるいは返品などにより手当し、商品がだぶつかないように便宜を図っている。

 同じ量販店といっても、ビジネスそのものが大きく違うのだ。それを単純に教科書的な数値の物差しで測れば無理が生じる。極端なたとえをすれば、家具店とコンビニを棚卸資産回転率で比較し、評価するようなものだ。

EC比率の比較

 2社を比較するもう一つの要素、「EC売上高比率」も無理な比較だ。店舗数が多いヤマダHDは郊外店舗を展開しており、出店や改装で売上を伸ばす余地がある。一方、カメラ量販店は、駅利用客が非常に多いターミナル駅で、オフィス需要も見込める場所で、なおかつ買い物をするエリアとして強く認知されている場所にしか出店できない。いくら利用客が多いターミナル駅でも、東京駅ではカメラ量販店はなかなか成立しない。またターミナル駅であっても、郊外では成功率は低くなる。結局、新規出店できる場所がほとんど残っていないから、リアル店舗ではなくネット通販で未出店エリアをカバーするしかないのだ。

 加えて、駅前ターミナル立地ならではの品揃え、アクセサリーなどの小物、趣味商品に強い点もネット通販と親和性が高い。冷蔵庫や洗濯機、エアコンなどの主力家電を、全国各地のリアル店舗で販売する郊外量販店は、いくら売上規模で上回っていても、ネット通販でカメラ量販に負けているのは当然と言える。逆を言えば、ビックカメラがネット通販でヤマダHDに負けているようでは、それこそ危機的な状況といわざるをえない(ただし、ヤマダHDが自社のネット通販の強さをどう自己評価しているかは別の話)。

メディアの役割とは

 テレビ局や雑誌、新聞といったメディアの多くは、都心にオフィスを構えており、社員も電車通勤している。そのため、昔からカメラ量販店を利用している人が多い。駅前大型店は、客数が非常に多く、その賑やかさを見慣れていると、地方郊外店の客数の少なさに違和感を持ちやすい。だが、駅前大型店舗は高い地代家賃を負担する高コストの商売。客数が減ったり、強い競合が商圏に現れると、採算性が厳しくなる。

 だからこそ、ヨドバシカメラは自社物件にこだわってきた。一方、有利子負債依存度が高かったビックカメラは不動産流動化スキームを活用して地代家賃を経費化し、有利子負債を圧縮する道を選んだ。そして良い駅前物件を確保すべくJR物件(駅ビル)に出店したが、物件を吟味して出店するばかりではなく、JRとの協力関係のためか、近郊や地方駅前に出店し、苦戦するケースも目立った。こういう面を考えると、現在の好調さも確固たる強さとは言い切れない。

 ヤマダHDが厳しい状況にあるのは筆者も同意見だ。住宅や金融、EVなどの新規事業がなかなか実も結ばずコスト高、棚卸資産回転率の低下を招いている一方で、主力である家電販売の力が落ちているというのは正しい見立てだろう。だからといって、異なるビジネスモデルの2社を経営指標で単純比較することに何の意味があるだろうか。

 経済系メディアは新聞・雑誌とも、外国人観光客などブームに乗った取り組みを取り上げたがる。話題性があって読者受けがいいのかもしれないが、そのために各種経営指標を持ち出し、誤った解釈で自分達の主張の正当性の根拠とするのは悪質ともいえる。読者は、家電流通業界に詳しいわけではなく、記事を鵜呑みにする人も多いだろう。詳しい知識がないからこそ、読者は詳しい知識を持った人間の解釈や意見としてメディアの主張を信頼する。話題性優先でミスリードをする内容を、平気でメディアとして発信するなら経済誌を名乗らず「経済ゴシップ誌」を名のればよいと思う。

家電量販店最大手のヤマダホールディングスの勢いに陰りが出ている。対照的にヤマダを猛追しているのが、ビックカメラだ。

 この導入文(リード)の「結論」ありきで、むりやり内容を構成したとしか思えない。そこまでビックカメラにおもねる背景のほうが筆者は気になった。

研究所長 川添 聡志

株式会社流通ビジネス研究所 所長 雑誌および書籍の編集者として出版業界に携わる。家電量販店向け業界誌『月刊IT&家電ビジネス』編集長を務めた後、家電量販企業に転職。営業企画やWebを含めた販促などを担当し、その後流通コンサルタントとして独立。ケーズデンキ創業者・加藤馨氏および経営を引き継いだ加藤修一氏の「創業精神」を後世に伝えるため、株式会社加藤馨経営研究所の設立に携わり研究所所長に就任。その後、ケーズデンキに限定せず、幅広く流通市場を調査研究するため、2022年1月からコンサルティング会社「株式会社流通ビジネス研究所」を設立し、同年4月より活動拠点を新会社に移行

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