従業員を大切にするとは

パート社員のイメージ画像(写真ACサイトよりhttps://www.photo-ac.com/)

立石泰則氏が執筆された「正しく生きる ケーズデンキ創業者・加藤馨の生涯」(岩波書店)にはいろいろな加藤馨氏のエピソードが紹介されており、残された資料を整理、研究してきた筆者としても、好きなエピソードがいくつも紹介されています。そのような中でも感心させられるのが、採用に関する考え方です。

間借りしていた元台町の家から、昭和26年6月に根積町の自社所有店舗(現在の柳町事務所、当初は平屋の自宅兼店舗)に移転して売上はぐんと伸びたものの、加藤馨氏は今度は人手不足に悩まされます。「正しく生きる」では、当時は茨城県内には有力企業も大手企業も存在しておらず、優秀な人材は職を求めて県外に流れ、加藤電機商会のような小さな会社の求人に応募してくるのはほとんどが中卒の失業者だったと紹介しています。そして、加藤馨氏の以下のような言葉を紹介しています。

こういっては何ですが、ウチのような小さな店に来る人に満足な人はいません。来るのはみんな、中卒者の仕事がない人ばかりでした。だけども私は、最初の頃は居ないよりもマシだと考えて、そんな人たちを頼んでなんとかやってきたわけです。それに実際に「居れば」、どんな人でも自分の給料分は働くんですよ。だから、払う賃金に応じた仕事をしてくれたら上出来なのです。もし給料分以上の働きをしてくれたら、その時は賞与でもなんでも奮発してやればいい。そういう考えでした。

「正しく生きる ケーズデンキ創業者・加藤馨の生涯」(岩波書店)p81

それでも、採用したものの、数週間で連絡もなく無断欠勤し、退職する人もいます。それでも、加藤馨氏は解雇する旨を伝えるだけでなく、わずかな期間であっても働いたぶんの報酬をちゃんと用意し、店の近くに来た際に立ち寄って受け取るようにと伝えることも忘れませんでした。

私は、本人が悪いことをしない限り、採用した人間を絶対にクビにはしません。それまでも実際に、クビにしたことはありませんでした。不正なことをしなければ、たとえ(修理等の)難しい仕事が出来なくなっても、勤勉な人であれば、どこか他の部門で働かせるようにしていました。いまでもウチでの会社では、そうやっていますよ。

「正しく生きる ケーズデンキ創業者・加藤馨の生涯」(岩波書店)p95

「優れた人材がいないから会社の業績が伸びない」「能力のない社員はいらない」——そのようなことを口にする経営者と、加藤馨氏は大きく異なります。加藤馨氏には「雇ってやっている」という姿勢はありません。働きぶりに対し、正当な賃金を支払う大切さを語る一方で、たとえ能力がなくても勤勉に(真面目に)仕事をする人は切らない。「人を大切にする」姿勢があるからこそ、社員がノルマのプレッシャーや解雇の不安を感じることなく働くことができ、自分に適した業務で能力を発揮することができるのです。

私は、能力に比例した賃金を支払うという考え方なんです。能力に合った賃金を支払わないと、いい人は会社を辞めて行ってしまいます。ですから、私が社長の時は、新卒の給料を他社よりも二割ほど高くしましたし、中途採用は職業安定所と新聞広告とで高めの給料で人材募集していました。逆に優秀な人を安い賃金で働かせようとすれば、いい人は居なくなり、また入っても来なくなります。一番悪いやり方は、能力の低い人を安い賃金で集めることです。これだと会社が回りません。それに対し給料を高めにしましたら、比較的優秀な人が入ってくるようになりました

正しく生きる ケーズデンキ創業者・加藤馨の生涯」(岩波書店)p95

一般に言われる「成果報酬」の考え方とは似て非なるものです。加藤馨氏にとって、賃金水準と集まる人材の質は天秤の左右のようなもので、安い賃金で優秀な人材を集めることはできないし、安い賃金で優秀な人材を雇い続けることができない、それが当たり前という考え方です。当たり前と言えば当たり前ですが、その当たり前ができず、従業員を「コスト」としかみない経営者が多いことも事実です。

加藤馨氏のこのような「人を大切にする」採用や雇用の考え方の対象は、決して社員だけでなくパート従業員も同様です。加藤電機商会のころから勤めていたパート従業員の冨田松枝氏は、退職後も、引退して高齢となった加藤馨氏の体調を心配して自宅に顔を出したり、食事会に出掛けたりと親交が続きました。雇い主、パートという関係ではない付き合いが加藤馨氏が亡くなるまで続きました。ちなみに冨田氏はパート時代にはフルタイムで社員以上の働きぶりを見せていて、退職時には加藤馨氏が当時の加藤修一社長に「長い間、(ケーズデンキのために)よく働いてくれたのだから、退職金を五百万円払ってやってくれ」と頼んだと言います(「正しく生きる ケーズデンキ創業者・加藤馨の生涯」(岩波書店)p405)。すでに大会社となっていたケーズデンキは雇用規定上、退職金の支給はできなかったものの、加藤馨氏は個人的に冨田さんの貢献に報いたようです。

加藤馨氏が社長・会長時代に、毎年お歳暮として「数の子」を従業員を配った際にも、社員だけでなく、パート従業員や子会社の従業員にも配っていました。会社のために働くすべての従業員が対象であり、従業員の家族に対し、従業員の仕事を支えてくれていることへの感謝の気持ちを込めて送っていたそうです。社員もパート従業員も分け隔てなくとらえていたことがわかります。従業員が働くことを「当たり前」と考えず、「会社のために働いてくれてありがとう」「かぞくの皆さんも支えてくれてありがとう」という「感謝」の気持ちを常に持っていたのです。

人を大切にする経営というのは、なにも正社員だけが対象ではありません。会社にかかわるすべての人を大切にするものです。近年ES(従業員満足度)が投資家に注目されるようになり、「退職率」「平均勤続年数」など雇用に関する指標を気にする会社も多くなっています。しかし、本来のESは、指標で測るものではなく、会社として、経営者としての考え方が行動として示されるべきものであり、その結果として会社に対する世の中の評価が高まるものです。

たとえば「人を大切にする」とうたいながら、パート従業員には厳しい会社もあります。休憩スペースやフリードリンクの利用を社員に限定し、パート従業員には使わせない。社員には福利厚生を手厚くしても、パート従業員は別というわけです。また、待遇は違うのに、厳しいノルマや自社製品購入を押し付けるようなケースもあります。

優しい顔をしたブラックも

パート従業員への待遇を差別する、あるいはきつい扱いをする会社というのはいうまでもなく「ブラック企業」です。しかし、分かりやすい「ブラック企業」はなんらかのかたちで世の中に気づかれ、バッシングなどの対象となるでしょう。

実は「優しい顔をしたブラック企業」というのもあります。むしろこちらのほうがやっかいかもしれません。一例を挙げてみましょう。

会社自体は「人を大切にしている」と評価されていたり、働きやすい職場とうたったりしています。しかし、パート従業員比率が高いにもかかわらず、パート従業員が正社員登用されるためには、時間や業務の達成条件に厳しいハードルが設けられています。職場環境はみんな優しく、仕事にやりがいもある、しかしパート従業員のまま正社員登用される見込みもなく、いつまでも働くしかありません。自分が職場で戦力として重要と自覚しているからこそ、辞めたら周囲の仲間が困ると分かるし、人間関係もいいからこそ辞めにくい。しかし、正社員登用のために5年以上フルタイムで勤務が必要となれば、20歳で働いた人は25歳になります。25歳なら30歳です。いくら能力が高く、一緒に働く仲間が「社員にすべき人」と評価していても、会社のルール上、正社員登用を会社に認められません。30歳を過ぎれば、その人はその後もフリーターとして働かなければならない可能性が高くなります。あるいは、結婚したいと思っても、パートでは相手の家族に認めてもらえないため、就職のために辞めることになります。

「優しい顔」というのは、働く環境として、やりがいがあり、職場の人もやさしく、働く場所として不満がないどころか、非常に居心地が良いという点です。一方で、その居心地の良さに長く浸かっていると、抜け出しにくくなり、将来に向けた人生設計に支障が生じてしまいます。なまじ良い職場だけに、主婦や学生のパートならいいかもしれませんが、正社員登用を期待して入った人にとっては不幸な結末になりかねないのです。

仕事を覚え、高い実績をあげているのに、どうして正社員登用されないのか。昔ある会社で人事担当者に尋ねたところ、「新卒採用数は新聞や経済誌で取り上げられ注目される指標。正社員登用より新卒採用の方が大切」と答えました。能力が未知数の新卒のほうが、実際に職場で欠かせないパート人材よりも重要というのが、会社の言い分というわけです。このような会社は、パートを含む従業員を単なる「数値」「指標」としか見ていないのでしょう。邪推かもしれませんが、正社員登用のハードルを高くすることも、パート従業員にはあくまでパートしてフルタイムで長く働かせたいという狙いなのかと疑いたくなります。

社員の待遇を手厚くするほうが会社のESへの取り組みを訴求もしやすいでしょう。育児休暇や有給取得などの数字を高め、正社員が家庭の事情や病気で働けなくなった際に、休業補償や一時的にパート勤務に切り替えるなど、手厚い支援をしたほうが「良い会社」とアピールできます。広報・IR的には、パートはあくまで「臨時雇用者」というわけです。高い実績があって周囲にも評価されている人材よりも、「良い会社です」とアピールするための数字を重視しているようでは、会社の人事が機能不全ではないでしょうか。

かつて雇用関係が今よりずっといい加減だった昭和30~40年代、加藤馨氏は、パートを含めた従業員一人ひとりに対し、人としての成長、家族との暮らしの向上、将来設計まで考えて向き合っていました。中途退社してなお加藤馨氏への感謝の思いを持ち続けた人、パート従業員ながら長く家族づきあいを続けた人、加藤馨氏の「正しさ」は会社経営を退いてからも多くの人を引き寄せました。世の中に「社員を大切にする」とうたう会社は数多くありますが、ケーズデンキが「社員を大切にする経営」で厳しい競争環境でも継続成長できた本質はここにあります。社員を「雇って働かせる」のではなく、社員一人ひとりの人生に向き合い良いものとしていき、社員の生活向上とともに会社が成長していく、それこそが「人を大切にする経営」です。

加藤馨氏のあとを継いだ加藤修一氏は、現場に任せる人です。会社の細かい取り組みについてテレビで聞かれても、「こうしたほうがいいんじゃないかという考え方は示したけど、詳しいことは知らない。うまく行っているならいいでしょう」と自信をもって言えます。そのうえで、なにか会社が評価されることがあれば「社員のおかげ」、なにか悪いことがあれば「経営の責任」というのが加藤修一氏のスタンスでした。加藤馨氏が始めた数の子のお歳暮も、誰よりも思い入れをもって引き継ぎ、大切にしてきました。また、売上の低い小型店舗を巡回して飲み会を開いた際にも、正社員もパートも分け隔てなく接していました。

「人を大切にする経営」とはどのようなものか。ESといった流行で判断するのではなく、単に数字を飾るのではなく、加藤馨氏や加藤修一氏の根本的な考え方を経営幹部はしっかり学んでほしいと思います。

最期に、正社員登用を目指すパート従業員の人に向けてひと言。正社員登用の条件、過去の登用事例などをしっかり確認し、自分の人生を大切にしてほしいと思います。パートとして何年待っても登用されないくらいなら、その分の時間を他の勤務実績にあてた方が、将来的な人生設計の見通しが立ちます。人間関係に引きずられ抜け出せないという「優しい顔をしたブラック企業」も、一般的な「ブラック企業」同様、早く見切らないと大変です。職場の良い人間環境は、周囲の社員の努力であり、誠意です。しかし、会社としての意思が同じとは限らないことを忘れないようにしてください。

研究所長 川添 聡志

株式会社流通ビジネス研究所 所長 雑誌および書籍の編集者として出版業界に携わる。家電量販店向け業界誌『月刊IT&家電ビジネス』編集長を務めた後、家電量販企業に転職。営業企画やWebを含めた販促などを担当し、その後流通コンサルタントとして独立。ケーズデンキ創業者・加藤馨氏および経営を引き継いだ加藤修一氏の「創業精神」を後世に伝えるため、株式会社加藤馨経営研究所の設立に携わり研究所所長に就任。その後、ケーズデンキに限定せず、幅広く流通市場を調査研究するため、2022年1月からコンサルティング会社「株式会社流通ビジネス研究所」を設立し、同年4月より活動拠点を新会社に移行

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