経営者の視点「出店戦略」

2007年11月中間決算発表で話す加藤修一社長(当時)

 多くの流通・サービス業は、多店舗展開によって事業拡大を図ります。これは「チェーンストア理論」をベースにしており、多店舗展開することで、コスト比率を下げられ、仕入量拡大によるスケールメリットを得られるようになります。高度経済成長期以降、多くの流通業が競うように店舗網の拡大を図り、厳しい競争を繰り広げてきました。もちろん家電量販店も同様で、地域店、地域チェーン、そして県外出店と店舗網を広げる中で、各地で衝突が生じました。現在では主要プレーヤーは10社以内に絞られています。1975年には「日本電気大型店協会」(通称 NEBA)の加盟企業数が93社あったことを考えれば、いかに熾烈な競争だったか分かります。

 現在、家電量販店のうち、全国展開を実現しているのはヤマダHDとケーズHDの2社です(ケーズHDは沖縄県は未出店)。人口減少、少子高齢化に伴う過疎化が地方で進む中、今後新たに全国展開を達成する企業はないでしょう。その意味では、全国に店舗網を確立しているこの2社は先行者利益を獲得していると言えます。ちなみにカメラ量販のように、主要都市に大型リアル店舗を展開しつつ、ネット通販で全国をカバーする方向性もあります。西日本を地盤とするエディオンや上新電機は、最大のマーケットである関東をリアル店舗でカバーできていないません。ホビーに強い上新電機はネット通販で、エディオンはニトリとの協力関係で、関東エリアをなんとか取り込もうとしています。しかし、ヤマダHDとケーズHDは北関東を地盤として、当初から関東の需要を大きく取り込んできており、同業他社がこのアドバンテージに対抗していくのは容易ではありません。

 出店戦略を考えると、かつて量販各社が拡大戦略を強く志向していた当時は、いかに店を増やすかが重視されていました。しかし、人口減少、少子高齢化が進む中、出店拡大は難しくなってきた、というのが一般的な見方です。実際、ヤマダHDは、2015年に不採算の小型店舗を中心に大量閉店。都心部攻略のために出店していた「LABI」店舗も多数閉店しています。出店で収益を伸ばせないからこそ、リフォームや住宅、リサイクル、金融など、異業種参入のスピードを速めた面もあります。

 海外を見ても、中国では、家電量販店大手の国美が、22年6月末時点で中国に3825店あった店舗の9割を閉鎖する方針を発表。蘇寧も直営家電量販店を、コロナ禍の影響が本格的に出る前の19年末と比べて38%減らしました(日経新聞オンライン「中国小売り、閉店ラッシュ 家電・国美は9割削減方針」)。新型コロナによる外出自粛、都市封鎖により消費者のネット購入が進んだことが要因とされています。米国でも家電量販店最大手ベスト・バイが、2022年に家電需要の縮小やネット通販への移行を背景に、店舗運営コストを抑制するべく大幅な人員削減を発表しています。

 ネット通販が拡大するとリアル店舗の存在意義が希薄になる――2010年ごろからよく言われてきたことですが、日本の家電流通市場では、まだまだリアル店舗を展開する家電量販店が圧倒的なシェアを有しています。日本における家電販売は、量販店チャネルが全体の半分以上を占めていること、なかでも冷蔵庫や洗濯機、エアコンといった大型家電の販売をほぼ独占していること、表示価格ではネット通販が安くても相対値引きでリアル店舗が対抗していることなどが挙げられます。また、自己責任で購入商品を選ぶよりも、販売員に相談して背中を押してもらう購入を好む消費者が多いことも要因の一つです。他にも、人口密度が高く、買物インフラが充実しており、店舗利用がしやすいという点も見逃せない事情でしょう。海外と異なり、日本ではまだまだリアル店舗の役割が大きいというのが筆者の見解です。

 とはいえ、ネット通販の普及や家電需要の緩やかな縮小を背景に、店舗の売上が減少しているのも事実です。かつては一店舗で100億円売り上げる郊外店舗がいくつもありましたが、現在では旗艦店でもおそらく50億円あればかなり良いほうでしょう。過疎化が進む地方都市では、店舗売上が下がってしまい、店舗人員数を減らし、人件費を抑えることでなんとかトントンにしている状況も珍しくありません。

 こうなると、「店舗整理」に動くケースが多くなります。採算の悪い店舗を閉鎖し、収益を見込める店舗に絞って人員や投資を集中することにより経営効率を上げるという考えです。しかし、加藤修一ケーズホールディングス名誉会長の考え方は違います。「店舗を閉めてもコスト比率は下がらない。そもそも、店舗整理というのは、儲からなくて傾いている会社が採るべき方法。儲かっている会社が店舗を整理する必要はない」。

店舗整理がコスト増を招く

 少し解説をしましょう。チェーンストア理論に基づいて出店する場合、エリアを飛び地にせず、地続きで店舗網を充実させていきます。こうすることで、チラシの配布を大きく増やす必要がなく、また既存店があるのでブランド(店名)を周知するための大掛かりな販促も不要になります。さらには、物流配送網や人員配置も既存のネットワークを活用できるので、新店を出しても、コスト比率が上らないのです。もし飛び地に出店すれば、物流・配送拠点を新設しなければならず、社員の異動に伴う住宅手当などが必要になり、新規エリアであれば、配布するチラシ枚数も大幅に増加します。コストを抑えて店舗網を拡大することが、チェーンストアの強みであり、ローコスト経営のカギとなるのです。

 ローコスト経営を実現するための店舗網充実は、国内市場が緩やかに縮小傾向にあり、ネット通販の利用が拡大している現在でも、変わりません。1つの物流センターで30店舗をカバーしている場合、不採算店を閉めて20店舗にすれば、1店舗当たりの物流費は上昇します。流通の場合、「撤退」を認めたくないので、近隣店舗と統合しましたというたてつけで閉店しますが、近隣店舗が30キロ離れていれば、統合先店舗に足を運ぶ人も大幅に減るでしょう(車がないお客は物理的に来られません)。しかし、あくまで店舗統合なので、閉鎖したエリアにもチラシはまき続けます。来店見込みの薄いお客に対し、フォローとしてチラシを毎週入れ続ける――まさに無駄なコストになってしまいます。閉店することで、コスト比率を下げるどころか、逆にコスト高になってしまうリスクがあるのです。しかも、撤退したエリアのお客が失望してしまう可能性もあります。

 店舗を何百店舗も展開していれば、好調店もあれば、なかなか売上が伸びない不振店も当然出てきます。もともと売り上げ規模の小さい田舎の店舗は、減価償却が終ってトントン状態という店舗も多いでしょう。しかし、こういう店舗は地代も低いので、売上不振が会社の経営成績に大きな影響を与えるわけではありません。個店単位の成績で店舗継続の可否を決めるのではなく、旗艦店や物流拠点を含めたエリア全体、会社全体で採算性を見て、十分利益が出ているなら、急いで閉店する必要はないのです。

 長く営業していれば、お客の店舗利用経験も増え、固定客が増えるかもしれません。あるいは、競合店が経営不振で店舗整理に動くかもしれません。体力勝負となれば、不振店を抱えても利益が出せる会社の方が明らかに強いはずです。チェーンストア理論に基づき、ローコスト経営を実現しているのに、単店管理で不振店を閉めることは、その強みを捨てるようなもの。だからこそ、加藤修一氏名誉会長は、「店舗整理は経営不振の会社がやること」と常々話してきたのです。

 リアル店舗は、地域の住民にとっては大切な「生活インフラ」です。人口が少ない地方都市にまで店舗網を展開できていれば、買物弱者と言われる人たちの窓口にもなれます。商品取り寄せ、ネット通販で購入した商品の受け取り、さらには地域の困りごとの窓口になれるかもしれません。リアル店舗のネットワークがあれば、将来的にもさまざまな可能性が生まれるのです。

 高齢者の場合、普段は近場の小型店舗で買物をして、家族や友人知人とでかける時は大型旗艦店に行くというケースも少なくありません。小型店舗が毛細血管のように小商圏ネットワークを広げ、旗艦店が大商圏を支える。両者がうまく機能してこそ、チェーンストアのローコスト経営が実現するのです。人口減少や過疎化が進むエリアに単独店が出店しようとしたら、だれもが無理と考えるでしょう。しかし、チェーンストアなら可能です。単店舗では収益が小さくても、ローコスト経営により採算ベースを下げられ、エリア全体として商圏をカバーできるのです。これこそ「スケールメリット」です。売上拡大により仕入価格を抑える「スケールメリット」は、実際には差をつけられません。差をつけられないからこそ、多くの企業がリスクが高い「オリジナル商品開発」に走るのです。

店舗網のスケールメリットは違います。全国どこでも商品を供給できるというのは大きな強みです。ネット通販が全国に届けられると言っても、物流自体が疲弊してしまえば難しくなります(参考 住友電工システムソリューション物流業界「2024年問題」を一から解説)。しかし、全国の店舗に商品を届ける物流インフラを自社で持っていれば、BtoC配送ほどには影響を受けにくいでしょう。ネット通販が普及した現在でも、長年かけて積み上げてきた店舗網のスケールメリットには大きな可能性があります。

常識・当たり前を疑う

 しかしながら、頭でっかちな経営者や、常識にとらわれる経営者は、不採算店があると閉鎖したほうが「収益効率が上がる」と考えてしまいます。しかし、加藤修一氏は常に「“常識”や“当たり前”を疑う」姿勢です。一見正しいようでも、誰も否定していなくても、中長期的にはどうなのか、お客様から見たらどうなのか――いろいろな角度から「何が正しいか」を判断します。だからこそ、ケーズデンキは、さまざまな不況の中でも成長できたのです。

 MBAや中小企業診断士、あるいはコンサルティングなどの資格を有していれば、優れた経営者になれるわけではありません。マーケティングや販売手法に秀でていることが優れた経営者の資質というわけでもありません。「常識にとらわれず、何が本当に正しいかを見きわめる力」こそ、優れた経営者に必要な資質ではないでしょうか。経営幹部の多くは、経営における常識論を振りかざしがちです。こうすればコストが下がる、社員がもっと働く、前年より数字を改善できる――厳しい言い方をするなら、世間で正しいと言われていることを主張すれば、結果がどうなっても自身の責任にならないからでしょう。

このような常識論にしっかり反論できたのが加藤修一氏です。細かい営業施策などは現場に任せながらも、子会社幹部の強い要請を受けて、多大な費用をかけたポイント制度を導入目前になって「これはおかしい」とストップする——まさに経営者ならではの決断と言えます。そして、店舗網を着実に拡大し続ける方針も同様です。着実に実行したからこそ、64期連続増収を達成し、競合よりも高い利益率を実現できたのです。さらに加えるなら、正しい経営判断というのは、業績面で即効性があるものではありません。目先の利益を拡大するコストダウンなどと違い、中長期的な成長につながるものがほとんどです。だからこそ幹部ではなく、経営者自ら判断することが欠かせないのです。

研究所長 川添 聡志

株式会社流通ビジネス研究所 所長 雑誌および書籍の編集者として出版業界に携わる。家電量販店向け業界誌『月刊IT&家電ビジネス』編集長を務めた後、家電量販企業に転職。営業企画やWebを含めた販促などを担当し、その後流通コンサルタントとして独立。ケーズデンキ創業者・加藤馨氏および経営を引き継いだ加藤修一氏の「創業精神」を後世に伝えるため、株式会社加藤馨経営研究所の設立に携わり研究所所長に就任。その後、ケーズデンキに限定せず、幅広く流通市場を調査研究するため、2022年1月からコンサルティング会社「株式会社流通ビジネス研究所」を設立し、同年4月より活動拠点を新会社に移行

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