バブル崩壊後の深刻な家電不況をどう乗り越えたか?

家電ビジネス 1992年8月号誌面

※本記事は「株式会社加藤馨経営研究所」サイトにて執筆・公開した記事です。

私がかつて編集長を務めていた「IT&家電ビジネス」の前身である「家電ビジネス」の古い記事、1992年(平成4年)8月号の特集記事があります。バブル崩壊により消費マインドが冷え込み、家電業界も深刻な販売不振に陥りました。その頃の記事です。「特別企画 家電不況――いま、何をすべきか “甘えの構造”を打破せよ!」。その冒頭にはこのような文章があります。

 92年3月期決算が厳しい結果に終わった家電業界だが、次期の業績予想を見ても日立と東芝の2メーカーが減益決算を見込むなど、景気の先行きに対する不安が依然として伺える。専門量販店トップの間からも「オイルショックの時よりも厳しく、当面回復の気配がない」と深刻な受け止め方をしているところが少なくない(以下略)

「家電ビジネス」1992年8月号 特別企画「家電不況」より

GMSのジャスコ、ディスカウントストアのロジャース、家電量販からは栄電社(エイデン、現エディオン)、和光電気(民事再生法適用申請するも後に経営再建を断念し2005年11月に解散)、カトーデンキ販売(現ケーズHD)、メーカーからは松下電器、東芝、ソニー、三洋と、合計9社の責任者が不況を乗り切るための対応策を語っています。バブル崩壊以外にも、メーカー主導の販売施策への依存、単なる安売りが通用しなくなったなど、いろいろな原因が挙げられ、その対策としては「小売り主導型の経営スタンス」「きめ細かなマーケティング」「付加価値の取れる経営」「業界を挙げた統一キャンペーンの実施」などが各責任者から語られています。

その中で異彩を放っているのがカトーデンキ加藤修一社長(当時)の発言です。

 日経平均の株価三万八千円が普通と考える人は、いまの一万六千円前後を「株は安くなった」と言うし、それまでが異常と考える人は「正常に戻った」と言う。
 土地の値段も「これまでが高過ぎた」と考えるか「それが普通だった」と考えるかで今現在が正常に戻ったのか、安くなったのかのとらえ方は変わってくる。
 家電業界も今までが良過ぎたのか、普通だったのかと考えることで、現状のとらえ方は違ってくる。私は無理に売り過ぎていたのが正常に戻ったというだけで、特別いまが悪くなったわけではないと思う。

「家電ビジネス」1992年8月号 特別企画「家電不況」より

深刻な家電不況の原因と対策を取り上げる記事で、「正常に戻った」という視点は、まさに加藤修一氏らしいものです。1992年といえば、前年によつば電機(後の東北ケーズデンキ、後にデンコードーと合併)を連結子会社化した時期。1992年3月期の年商は連結337億円と、家電小売業売上高ランキングでも10位内に届かない規模でした。言うなれば中堅量販。しかし、ほぼ同時である1993年に発行された書籍『家電流通再編への挑戦』(日経流通新聞 編 日本経済新聞社)内で、加藤修一社長は「十年後に量販店の企業数が今の三分の一から四分の一に減少しても不思議はない」と大胆な予測を語っています。実際、家電小売業売上高ランキングのトップ10にいた第一家電、和光電気が10年以内に経営破綻に陥るなど、その後業界は激変しました。

 例えば、ビデオが売れる時は販売店は期待以上に売る。その時メーカーも予定以上に売れる事に対して、そのまま売ってしまう。期待以上に。当然、受け皿として店もどんどん出来る。
 ところが、その好調が終わるとオーバーストアになって各店の稼働率は下がり、販売店はコストが増える。それがいまのマクロ的な小売り店の実態だ。
 もちろん、ミクロ的にはオーディオが年々落ちてきているということがある。それにビデオも落ちてきて拍車を掛けている。
 この原因は、環境や使う人が変わってきているのであって、商品の性能が落ちたから売れなくなったわけではない。性能はかえって良くなったりしている。でも、使わないのだから売れるわけがない。人の生活が正しい方向に動き出しただけ。

「家電ビジネス」1992年8月号 特別企画「家電不況」より

目先の市場環境に一喜一憂し、出店政策や販売政策を急加速・急減速させるのではなく、マクロ的な視点から自社の置かれた状況を冷静に判断する。その上で、「良い時は皆が利益を出していた。極端に言えば非効率なことをしていても利益が出ていた。しかし、こうした状況の中で利益を出していくためにはローコスト化しか対応策はない」と断言しています。

ローコスト実現は「S&B」と「省力化」

ローコストを実現するために必要なのは「常にスクラップ&ビルドをすること」。当時は「出店=業績アップ」という積極出店の時代です。コジマが全国出店を果たしたのが2004年、ヤマダ電機は2005年に全国出店と年商1兆円を達成していますが、これは約10年後の話。まだ出店攻勢の時代でしたが、常に不採算店をスクラップすることが大切と加藤修一氏は話します。「常にスクラップ&ビルドをやっていると、閉鎖はおかしなことではなくなる。ところが、それをやらないでいると最終には、全部まとめて閉めなくてはならなくなる」。メンツや士気に関わるといった感情で商売しているところが多いことも指摘しています。

ローコストを実現するもう一つの要素が「省力化」です。

 もうひとつは、コンピューターを効率よく動かすことが。人手の省ける部分はとことん機械化していくこと。そして、逆に人手の必要なところに人手を多くしていく。
 安く売ろうとして、省いてはいけないところを省いている企業があるが、それは間違いだ。粗利が上がるのではないかとか、データをとることに一生懸命になっていたり、高く売ろうとかね。
 基本的には作業性向上や顧客管理、万引き防止とか、そういうことに対してコンピュータを導入する。
 当社では自動発注だけでも、それで一店当たりの人員が一人とか二人は省力化できている。五十店舗あれば五十人の人が減らせる計算になる。
 そして、その浮いた社員を接客に回してサービスを向上した。その結果生産性も向上した。だから、休みを増やしたり、残業を減らしてもやっていける。
 よその会社は精一杯やっていて、それで売れないから鞭が入る。だから、夜遅くまでやっていることになる。その結果、「こんな会社にいられるか」ということで、辞めていってしまう。ますます、おかしくなってしまう。

「家電ビジネス」1992年8月号 特別企画「家電不況」より

 加藤修一氏は、1982年にカトーデンキ社長に就任後、省力化のためのコンピューター導入に積極的に動きます。1987年(昭和62)年に全店POSシステム(Point Of Sales system=販売時点情報管理)を導入。翌1988年には独自の自動発注システム(店舗パターン別に設定された商品定数を割ると取引先に自動的に発注するシステム)を導入しました。もともとあったシステムを導入したのではありません。仕様書など、システム設計まで踏み込んで開発します。そのために1985年前後にNEW東日電の有志を募り、「POS導入研究会」を立ち上げました。(※このあたりの話は稿を改めて紹介したいと思います)

東日電POS研究会のファイル
カトーデンキ頑張がリーダーとなってPOS導入研究会を立ち上げ

この当時は、社員は販売すると売上伝票を手書きで記入し、その伝票をもとに毎日売上日報を作成していました。全社員の売上日報を集計する作業も、店舗数、社員数が増えれば膨大なものになります。当時、当たり前だった「手作業」を減らすために加藤修一社長は機械化を積極的に進めたのです。とはいえ、1985年前後と言えば、空前のパソコンブームとなったWindows95発売の10年前です。要求するシステム要件に見合う大容量製品を待たなければならかったものの、業界内では早いタイミングでPOS導入を実現できました。

人手をかける必要がない作業は機械化し、人手でしかできない業務に集中させる――機械化は一時的に大きなコストと苦労を伴いますが、ただ人件費を減らす目的ではなく、将来を見据え、絶対必要な効率化を実現するための取り組みだったのです。

実際、POSと自動発注への投資は、その後大きな成果につながります。少ない店舗人員でサービスを強化し、「親切なお店」というお客様からの信頼を得られただけでなく、買収したよつば電機がカトーデンキの開発したPOSを既に使用していたことからスムーズに救済に動くことができました。

不況に強い体質づくり

1992年当時に比べれば、現在はコンピュータ化どころか、インターネットやクラウドサービス、電子決済など、技術は格段に進歩しました。しかし、多店舗展開する家電量販チェーンにとって、収益の源泉は今でも「店舗」であり、販売員の「接客」です。店舗が日々培ってきた「顧客の信頼」が、オンラインショッピングでも、店舗ブランドへの信頼につながります。顧客からの信頼がなければ、いくら優れた技術やサービスを導入しても、不況に強いブランドにはなれません。

店舗の人件費はコスト面からとらえられがちです。しかし、店舗売上が下がったからと単純に人員を減らせば、一人当たりの作業負担が増え、店舗運営は大変になります。加えて客数が多くなったときに対応しきれず、顧客離れも引き起こします。接客の人員をいかに確保するか、そして人員削減個々のスタッフの負担をいかに増やさないようにするか、そのために省力化が欠かせないのです。記事で加藤社長は、機械化により「浮いた社員を接客に回してサービスを向上した。その結果生産性も向上した。だから、休みを増やしたり、残業を減らしてもやっていける」と、社員の働き方改善にも言及しています。

技術が進歩したとはいえ、まだまだ店舗で省力化できることは少なくありません。お客様が購入を決めた後の在庫確認や配送設置日の調整などに時間がかかる、プライスを毎朝印刷して差し替える、従来当たり前だった作業も現在はかなり省力化されています。家電量販業界で、販売員用の情報端末や電子棚札の導入が急速に進んだのも、限られた人員を接客に集中させるための取り組みと言えるでしょう。人手が余るほど多いなら手作業でも“がんばれば”こなせるかもしれません。しかし、厳しい競争環境下、店舗人員数はギリギリです。店舗人員が接客に集中できる環境をいかに整えるかが本部や経営の大切な役割なのです。

バブル崩壊後の家電不況で多くの有力量販企業が淘汰される中、カトーデンキが生き残り、大きく成長できた原動力は、「省力化」を徹底しローコスト経営を実現したことです。一方で、「本当の意味での『お客様第一』のためには、1.従業員、2.お取引先、3.お客様、4.株主の順番で大切にすることが重要」と加藤社長は常々語っています。「効率化」と「社員を大切にすること」、どちらか一方に偏るのではなく、両者をしっかり結びつける。そのために、何をすべきか、何をしないべきか――とことん考えることが『がんばらない経営』と言えるでしょう。こうして考えると、「がんばらない」というのは、決して簡単なことではないと分かるのではないでしょうか。

研究所長 川添 聡志

株式会社流通ビジネス研究所 所長 雑誌および書籍の編集者として出版業界に携わる。家電量販店向け業界誌『月刊IT&家電ビジネス』編集長を務めた後、家電量販企業に転職。営業企画やWebを含めた販促などを担当し、その後流通コンサルタントとして独立。ケーズデンキ創業者・加藤馨氏および経営を引き継いだ加藤修一氏の「創業精神」を後世に伝えるため、株式会社加藤馨経営研究所の設立に携わり研究所所長に就任。その後、ケーズデンキに限定せず、幅広く流通市場を調査研究するため、2022年1月からコンサルティング会社「株式会社流通ビジネス研究所」を設立し、同年4月より活動拠点を新会社に移行

バブル崩壊後の深刻な家電不況をどう乗り越えたか?」への5件のフィードバック

  1. こんにちは。私は愛知県のケーズデンキで店長をしています。先日、こちらのサイトのことを知り、拝読させて頂いております。このサイトでは、自分が愛着を持って働いているケーズデンキの創業期や会社の歴史など、貴重な資料を拝見でき、とても嬉しく思います。このサイトの運営に携わっていらっしゃる方々にとても感謝いたします。

  2. コメント有難うございます。古い資料はもちろん、加藤修一さんからも話を伺いながら、がんばらない経営をしっかり多くの人に広めていきたいと思っています。いろいろな資料を整理して、その資料からさらに原稿を考えるのに手間がかかるので、記事の追加にはどうしても時間がかかりますが、なるべく多くの記事を上げていきたいと思っています。読んでいる方のコメントはとても励みになります。どうぞ今後ともよろしくお願いします。

  3. こんにちは。川添様                  初めてコメントを書かせていただきます。
    全て拝読させて頂きました。
    激動の時代にあっても 基本的な考え方理念は変えず、  本物を見抜く力を持ってみえる方である事は間違いないですね。非常に勉強になりました。ありがとうございます。
    又そちらに行く機会があれば、ぜひ立ち寄りたいと思います。               失礼致します。

    1. コメントありがとうございます。
      長らくご無沙汰しておりますが元気ですか?
      事務所にある創業期の資料などは、歴史を肌で感じられと思います。
      水戸にお越しの際には、ぜひ事務所にお立ち寄りください。

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