7月8日、同15日と日経MJにケーズホールディングス加藤修一名誉会長のインタビューが掲載されました。
ケーズ加藤名誉会長「今こそ、がんばらない」 (日経MJ 2022年7月8日、15日)
(上)余計な物省き、経営は腹八分
(下)創業の精神を継承、300年企業へ
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加藤修一氏の語る流通論は、社長、会長だったころから全くブレがありません。そのため、インタビュー記事を読んでも目新しさを感じない人もいる少なくないでしょう。しかし、経営者のあるべき姿としては、時期や市況によって発言がブレるより、経営に対する考え方や姿勢がブレない方が正しいはずです。
そのようなブレない加藤修一氏のインタビューですが、それでも記事を読むとハッとさせられる言葉がしばしば出てきます。私自身、「月刊IT&家電ビジネス」在籍時に加藤氏には何度もインタビューしてきましたが、今回の記事でも「さすが加藤氏」と思わせられる発言がありましたので、紹介したいと思います。
最近では、家電量販業界でも、製造小売りに乗り出すことに意欲的な企業が出てきました。同じ日経MJで、2022年5月23日にビックカメラ木村一義社長のインタビューが掲載されましたが、木村社長は以下のように語っています。
「ナショナルブランドを仕入れて売るだけではどんどん厳しくなる。小売業の勝ち組のニトリ、ユニクロに共通するのは製造小売りです (中略) うちでもできるはずなんです。商品の企画からデザインは、お客に一番近いところにいる僕らが得意とするところ。(中略)まず組織をつくりました。3年先、5年先を考えればものづくりです。商品開発からアフターサービスまで、土俵を広げていかないと」
日経MJ 2022年5月23日『(トップに聞く) PB充実、製造小売りめざす ビックカメラ社長 木村一義さん』より
この木村氏の発言を踏まえた質問だったのか、製造小売りについて記者に質問された加藤氏は以下のように答えています。
――製造小売りに乗り出す家電量販店も出てきました。
日経MJ 2022年7月8日『ケーズ加藤名誉会長「今こそ、がんばらない」(上)より
「やっちゃ駄目だよね。役割分担ですよ、一番能率が上がるのは。ユニクロはファッションだからいいけど、家電製品はアフターサービス、研究開発も必要でしょ。全部やるんですか。そうなると組織がどんどん肥大化しますよ」
――消費者ニーズを知っているのはお店です。
「だからアイデアを出してメーカーに作ってもらえばいいじゃない。情報交換とかして。自社限定商品にする必要もないんじゃないの」
――価格競争になってしまいますよ。
「お客さんのために価格競争はすべき。マージンをとるというのは、自社の無駄なコストを削って、安く売ってももうかるようになること。小さな本社にするとかね。価格競争せずに、粗利をとるのはおかしくないですか。正しくないことは長続きしません」
木村氏と加藤氏、両社の考え方は正反対です。日興コーディアルの会長を務めた金融出身の木村氏は収益体質を確立する手段として粗利の向上を重視します。流通業全体を見れば、ニトリやファーストリテイリングなどSPA企業は不況下でも業績は好調です。またスーパーやドラッグストアもPB(プライベートブランド)商品の売上高構成比を拡大しようと競い合っています。モノを売るという点では、家電も同じという考えでしょう。
一方の加藤氏は、餅は餅屋、あくまで製販の役割分担を重視します。家電は作って売るだけでなく、お客様が購入後何年も使用し、不具合があればリコールなどの対応が必要。売って終りという手離れの良い商品ではありません。故障に備えて部品の確保も必要です。本体交換という手もありますが、これはこれでコストがかかります。売った時点の粗利が収益として確定せず、その後もコストが発生する可能性が高い商品なのです。だからこそ、商品開発やアフターサービスなどのノウハウを持つメーカーに任せるべきと加藤氏は指摘します。
どちらが正しいと断ずることはできませんが、家電業界を取材し現場を見てきた筆者としては、加藤氏の考え方に同意します。かつてメーカーのアフターサービス満足度調査などにもかかわりましたが、本当に家電は手離れの悪い商品です。粗利向上のために自社開発を行うと、どうしてもコストダウンを図るため品質が低下します。その結果、トラブルの発生率が上昇するのです。実際、家電市場に参入した新規メーカーの中には、お買い得な価格帯で商品を投入しているものの、要となる部品の品質や作り込みが不十分で故障が発生しやすいケースが見られます。ノウハウ不足とコストダウンの両面があると思いますが、家電量販が製造小売りを行う場合も、価格訴求できるようにしたいはずで、先の家電新規参入メーカーと同様のリスクが考えられます。
加藤氏が否定した背景
加藤氏がすごいのは、自社で作らずアイデアを出してメーカーに開発してもらった商品について「自社限定商品にする必要もない」と言っている点です。現在、多くの家電量販店がPB商品の販売拡大を図っています。「当社が出したアイデアだから当社だけで売る」――このような考え方がごく普通に聞かれます。しかし、メーカーは下請け工場ではありません。メーカーが良い商品を出して売れて儲かる、その商品をお客様に接客販売して流通が儲かる。あくまでメーカーと流通が対等な立場で協力し合い、需要を喚起するという考えかたです。これには「その通り」と言えない経営者が多いのではないでしょうか。
加藤氏は、一歩下がって業界を俯瞰し、目先にとらわれずに長期的に物事をとらえます。そのような視点では、自社さえ儲かればいいという施策は長続きしないのです。どうしてなのか、少し補足しましょう。ヒットするようなアイデアを常に出し続けるのは困難です。製造小売りといっても、実際にはOEMやODMになるでしょう。しかし、どこまで仕様設計するか、品質管理をどうするかなど、家電は非常に難しいのです。加えてファストファッションと異なり商品単価も高く、ひとたびトラブルが発生したり、在庫を廃棄したりするとなると、多大な損失が生じます。元メーカー社員を多く雇い入れたからといって簡単に成功するものではありません。
そもそも家電は生活必需品であり、耐久消費財です。いわば住設の一部だからこそ、ちょっとしたアイデアで爆発的なヒットを飛ばすような商品はそうそう作れません。古くなったり壊れたりした時に買う、引っ越した時に買うなど、必要に迫られて購入する場合がほとんどです。流通の立場としては、消費者の声をメーカーに伝え、メーカーの製造ノウハウを生かしてモノづくりをしてもらった方がメリットが大きいのです。
そして自社限定商品にしない理由。アイデアを出してメーカーに商品化してもらっても、自社単独販売では販売量はたかがしれています。せっかくの良い商品も、消費者に幅広く買ってもらえなければ評価されません。メーカーが幅広く流通企業に供給してこそ、商品は世の中に行き渡り、消費者の生活の質向上につながって、メーカーも収益や自社ブランドの向上などで潤うのです。自社限定商品が、流通企業が粗利をより多く確保するための手段でしかないならメーカーにとってメリットがありません。
流通にとってもメリットばかりではありません。自社限定商品の売れ行きが悪い場合でも、契約した生産台数すべてを流通は引き受けなければなりません。返品すれば独占禁止法の優越的地位の濫用に抵触します。当初は原価をベースに高い粗利を取れる販売価格を設定しますが、現状、家電の販売価格は流動的です。自社限定商品も、当初はお買い得感があっても、市場に流通している同タイプのメーカー商品(プロパー商品)の価格が下落していくと、逆に割高になってしまうことがあります。実際、PB商品に力を入れているある量販企業では、プロパー商品よりPB商品のほうが高いという価格の逆転現象が生じました。しかし、企業として売りたいのはあくまでPB商品。そこで、プロパー商品で値引きをせず、PB商品を優先的に販売するような“無理な接客”をしていました。これは「お客様をだます」ようなものです。
目先の利益にとらわれない
加藤氏は常々「お客様をだますような商売は絶対にしてはいけない」と話しています。一時的にうまくいっても、最終的にはお客様離れを引き起こすからです。加藤氏は、このようなことも踏まえて先の記事で発言しているのでしょう。
その上で、儲かる「正しい商売」について、「お客さんのために価格競争はすべき。マージンをとるというのは、自社の無駄なコストを削って、安く売ってももうかるようになること」だと断言します。価格競争は、消費者にとっては大きなメリットがあります。そこから目をそむけ、競争を避けて“うまく”儲けるのではなく、正面から戦って勝つ――そのためにはコストダウンが重要というわけです。かわす戦法は局所戦で勝利できても、長期にわたる総力戦で勝つことにはつながりません。消費者の支持も得られません。流通企業として体力をしっかり強化することが、競合に勝ち、厳しい市場環境を生き抜くことにつながるのです。PB商品は、利益を向上させ体力を強化してくれるように見えて、長期的には顧客の支持を失い、本来取り組むべき体力強化が後手になるリスクをはらんでいるのです。
「価格競争せずに、粗利をとるのはおかしくないですか。正しくないことは長続きしません」――『がんばらない経営』で会社を着実に成長させてきた加藤氏だからこそ、自信をもって言える言葉と言えるでしょう。一般的な解釈なら「がんばらない=戦わない」でしょう。しかし、違います。余計なことをせずに能率を上げたうえで、競争には正面から挑む。小技やテクニックといった余計なことに力を振り分けないことが「がんばらない」なのです。
加藤氏の言葉から気づかされるのは、経営者はブームや数値上の目先の改善にとらわれず、真実を見極めることの大切さです。会社のあるべき姿を描き、会社が将来的に成長し続けられるようにかじ取りすることこそ経営だと加藤氏は教えてくれます。
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