店長のマネジメント

家電量販店の新店オープンの様子

家電量販店に限らず、チェーン展開する流通の場合、リアル店舗一つひとつが営業拠点です。そこを任される店長は、いわば一国の城主。野球で言えば監督のようなものです。ビジネス的な言い方をすればマネージャーで、ビジネス書などでは「メンバーが仕事で成果を出せるように、チーム全体を管理しながらサポートする役割を担う」とされています。

しかし、実際に店長に話を聞くと「あの社員は使いものにならない」「本社がもっと良い人材を送ってくれないと売上を伸ばせない」といった声が少なからずあります。時には、「あいつは使えないから異動させてほしい」という意見すら出ます。店舗という箱の中で、日々同じメンバーと顔を突き合わせて仕事をしていると、合う合わないといった感情も出やすいですし、合わないと思ったメンバーのアラが目につきやすいものです。ひとたび人間関係がこじれると店舗の雰囲気は悪くなります。

かつて関西の量販店では、社員一人ひとりの売上げノルマが厳しく、ノルマ未達成者は、罰として昼食を「立たされ台」という台の上で立ったまま食べるということが行われていました。今ならパワーハラスメントで大問題です。売上の良い社員はもてはやされ、売上の悪い社員は罵倒される。そのような店舗は、店長自身も店舗の成績を本部に厳しく詰められていることが少なくありません。ビデオ会議などで本社から何度も何度も罵声を浴びせかけれられ、その焦りやストレスが部下に向けられるという面もあります。

このような環境では、いくら会社として「お客様第一」「親切」をうたっていても、親切な接客などできるはずがありません。目先の売上をなんとしても確保しようと、強引に売りつけるような接客がまかり通ります。さらにはお客に意中の機種があっても、本社が決めた重点販売商品になんとか振り替えようとする強引な接客をします。「なんでその機種を売るんだ」「今接客している客に絶対買わせろよ」と汚い言葉がインカムで飛び交う――そんな状況もかつてはありました。

販売力とマネジメント力は別物

コンプライアンスが重視されるようになった今、このようなひどいパワーハラスメントはほぼ解消されました。それでも店長には、やはり店舗の業績を担う責任があります。最近では、会社に貢献しようという熱意が強かったり、あるいは店長として評価される実績を挙げたいという気持ちがあったりして、社員を叱咤激励するようなケースの方が多いかもしれません。そのような熱い思いが、最初に挙げたような「あの社員は使いものにならない」「本社がもっと良い人材を送ってくれないと売り上げを伸ばせない」という発言につながっています。

しかし、そのような店長の意見は正しいでしょうか。優れた販売員ばかりを集めた店舗なら、だれが店長をしても店舗業績は好調でしょう。店長の能力など関係ありません。「良い人材を送ってくれ」というのは、野球にたとえれば、勝てないから良い選手をもっと集めろと文句をいう監督のようなものです。お金をかけて他球団のスター選手ばかりを集めて目先の勝利を奪おうとする――実際のスポーツでは、それでも優勝できなかったり、黄金時代が短かったりします。ちなみに、メジャーリーグでは、ゼネラルマネージャーがチームの方針とチーム編成を決定し、監督は与えられた戦力で戦うフィールドマネージャーと明確に分業化されています。店長の役割はこのフィールドマネージャーに近いでしょう。与えられた人材でいかにチームとしての総合力を高めていくかが重要なのです。

店舗に配属されたメンバーは会社が雇い入れた人材です。店長は、与えられた戦力であるメンバーを「使えない」と嘆くのではなく、いかに戦力化するかを考えるべきです。人間というのは、一人ひとり個性が異なります。明るい人もいれば暗い人もいます。口上手な人もいれば口下手な人もいます。機転が利く人もいれば、遅くても着実に物事を進める人もいます。それらの個性を把握しながら、全メンバーの向上心を高め、実績につなげていくことこそ、店長の大切なマネージャーとしての任務なのです。他店で使えないとレッテルを貼られた社員を、自店で活躍できるようにしてこそ店長の力量というものでしょう。

筆者の個人的な経験です。筆者は長年雑誌制作に携わってきましたが、最初の勤務先はゲーム雑誌でした。最新ゲームを知らずファミコンしか知らないまま、とりあえず雑誌作りに携わりたいとゲーム雑誌に入りました。何年かして自分がデスクという立場になり、部下を持って教えるようになりましたが、新人の部下はゲームが好きなだけで、文章を書いたこともなければ本もほとんど読んでいないような人ばかりです。それこそ文章の書き方を一から教えるようなものでした。当然、最初は部下が書き上げた原稿をほぼ全面書き直しするくらいに修正を指示します。なかにはゲームで徹夜をして体調を崩すような部下もいますし、いくら説明をしても理解が遅い人もいます。しかし、そのような新人も含めて10名弱のメンバーで一冊の月刊誌を毎月仕上げなければならないのです。読者にとっては、どんな人がどのように原稿を書いていても関係ありません。購入して読む記事が全てです。筆者は、最初からゲーム雑誌の編集者(ライターのようなもの)はそういうものだと考えて、大きな期待をかけるでもなく、少しずつでもメンバーが文章力や構成力を高めていけるようにサポートしました。文章を書けない人に「何でうまく書けないんだ」と叱咤しても始まりません。それでも、少しずつ力がついてくると、デスクとしての業務はスムーズに進むようになっていきました。私が退社し、しばらくしてそのゲーム雑誌は廃刊になりましたが、かつて教えた部下の多くがその後も雑誌編集やライター業に携わってくれたので、多少は自分が教えたことが役に立ったのかなと思っています。

家電量販店に話を戻しましょう。繁忙期に店舗応援に入ると、お客様受けの良いメンバーというのは、必ずしも社交的で口がうまい人とは限らないことに気付きます。どちらかというと口下手で暗く見える大人しいタイプの人が、接客では、誠実に一生懸命説明してくれると、お客様にとても気に入られることがあるのです。店長に聞くと売上上位で店舗のエースだといいます。流通業の販売員のあるべき姿というのは決して一つではないのだと筆者も実感しました。性格が異なれば、理想的な接客スタイルも人ぞれぞれなのです。そのような店舗メンバー個々のの能力を引き出し、育てることが店長には求められます。そして成長したメンバーが、他店に異動してからも活躍し、いつか店長になることで社員を育て、会社全体の業績が上がっていくのです。その意味では、店長の役割というのは、第一に人材育成にあるといっても過言ではないでしょう。

一店舗ではなく会社全体を考える

最近「ダイバーシティ」(多様性)という言葉がよく聞かれるようになりました。経済産業省の「ダイバーシティ経営の推進」では、「多様な人材を活かし、その能力が最大限発揮できる機会を提供することで、イノベーションを生み出し、価値創造につなげている経営」と定義し、「多様な人材」とは、性別、年齢、人種や国籍、障がいの有無、性的指向、宗教・信条、価値観などの多様性だけでなく、キャリアや経験、働き方などの多様性も含むとしています。また「能力」には、多様な人材それぞれの持つ潜在的な能力や特性などを含むと説明しています。

とかく性的志向や人種、国籍などを中心に語られがちですが、先に挙げたような一人ひとりの性格などの個性も多様性のひとつではないでしょうか。店長になる人は、販売員として高い販売実績を出して、その上でさまざまな店舗業務をこなしてきています。しかし、自身のスキルが高いからと言って、「自分ができたから他の人もできるはず」「このメンバーはこれ程度のことがどうしてできないのか」と考えていてはマネジメントはできません。自身の成功体験をもとに「こうやってみろ」と話しても、個性が異なる人がそのままうまくいくとも限りません。野球で優れた選手が優れた監督になるとは限らないように、優秀な販売スキルを持つ人が優れたマネジメント力を有するとは限らないのです。

個々人の能力を着実に高めながら、異なる個性を組み合わせ店舗全体としてのチームワークを高め、店舗全体の営業力を高めていく。それこそが、店長自身が担う役割です。マネジメントというと、メンバーに目標やノルマを課し達成度をチェックする「評価者」と勘違いする人がいます。実際、部下の評価査定を行うのも店長の仕事の一つです。しかし、評価が業務のメインと考えてしまうと組織はうまく回りません。むしろ、メンバーみんなが活躍できるように下支えする役割とさえ言えるでしょう。

加藤修一氏は、店長に向けて常々こう話していました。

私が店長に言うのは「店長が二倍働いたところで、生産性も能率も上がらない」ということだけです。やる気満々で二倍働いても、社員五〇人の店では五一人にしかなりません。しかし、部下がやる気になってくれたら、五五人とか六〇人の戦力になる。だから、店長が二倍働いても能率は上がらないのです。

加藤修一『すべては社員のために「がんばらない経営」』(かんき出版)

優れたプレーヤーが優れた監督になるには、役割の変化に合わせた考えかたの切り替えが必要です。加藤氏の言葉は、まさにそのことをわかりやすく表現したものです。メンバーの駄目なところや苦手なところを見て「使えない」と嘆くのではなく、得意なことや良いところを伸ばし、店舗における大切な戦力として活用することが、店舗人員50人を、55人、60人分の力にするのです。そのためにも、まず働きやすい環境を整えることが大切です。成績が劣る人を叱るよりも、みんなが店舗で前向きに働けるようにほうが「能率」が上がります。

育った戦力はやがて他店舗に異動します。せっかく育てたメンバーが他店にとられたと思うのではなく、新しく加わったメンバーをまた育てていくのです。店舗についてもうまく回るようになっても、いつかは店長自身異動します。こうして皆で「良い人材が育つ環境」というバトンを引き継いでいくことで、多くの店舗が良くなり会社全体の業績が向上していくのです。先の加藤氏の言葉を借りれば「1店舗が2倍の売上にしても、店舗数500店の会社なら501店の売上にしかならない。でも全店が5%向上すれば525店分の売上になる」とでも言えるでしょうか。店長に求められるのはスタンドプレーではなく、部下をまとめ、自社他店舗と協力して会社全体の業績を高めていくことです。売上日報を毎日確認していると、どうしても「目標達成率」「前年同期比」など、目先の成績を気にしてしまいますが、広い視点、長期的な視点で考えることもマネージャーとして忘れてはいけません。

最後に店長が人材を育成するうえで、しっかり胸に刻んでおきたい言葉を紹介します。連合艦隊司令長官だった山本五十六が口にしていたといわれる言葉です。一般的には1行目だけで紹介され、2行目以降はおそらく後世の人が付け加えたものでしょう。しかし、人を育てるマネージャーの人にとっては非常に役立つ言葉だと思います。

やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。
話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。
やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず。

大日本帝国海軍連合艦隊司令長官の山本五十六の言葉して知られる ※諸説あり

研究所長 川添 聡志

株式会社流通ビジネス研究所 所長 雑誌および書籍の編集者として出版業界に携わる。家電量販店向け業界誌『月刊IT&家電ビジネス』編集長を務めた後、家電量販企業に転職。営業企画やWebを含めた販促などを担当し、その後流通コンサルタントとして独立。ケーズデンキ創業者・加藤馨氏および経営を引き継いだ加藤修一氏の「創業精神」を後世に伝えるため、株式会社加藤馨経営研究所の設立に携わり研究所所長に就任。その後、ケーズデンキに限定せず、幅広く流通市場を調査研究するため、2022年1月からコンサルティング会社「株式会社流通ビジネス研究所」を設立し、同年4月より活動拠点を新会社に移行

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