ケーズデンキを象徴する「がんばらない経営」。加藤修一氏の著書のタイトルになっており(Amazon)、またジャーナリストの立石泰則氏も『「がんばらない」経営 不況下でも増収増益を続けるケーズデンキの秘密」という著書でケーズデンキの経営を解き明かしています。
「がんばらない経営」という言葉は平易で誰でも理解できます。しかし、いざ実践しようとするとできないものです。「社員が必死に頑張ってこそ会社は大きくなる」「“がんばらない”なんてきれいごと。努力なくして結果は得られない」「“がんばらない”なんて言ったら社員がサボる」といった反論も聞かれます。しかし、がんばらないと成長できない会社というのは、それこそ一秒たりとも手を抜かず全力疾走し続けるようなものです。短距離走ならいいでしょう。しかし、会社は存続することが大切ですから、短距離走のペースでは体力が持ちません。
社員だって同じです。「四六時中仕事のことを考えろ」と社員に命じる会社もありますが、社員は奴隷ではありませんし、社員にも仕事を離れたプライベートの充実は大切です。いくら優秀な社員でも、無理な働き方で体調を崩したり精神的に参ってしまえば会社を辞めていきます。これは会社にとっても、社会にとっても大きな損失です。
これまでも説明してきましたが、「がんばらない経営」というのは、がんばらなくても会社が成長し続けることを目指す考え方です。無理のない適切なペース配分をすることで長距離を走り抜き、そのうえで次の走者に確りタスキをつなげていく「駅伝」のような経営です。そのために、「無駄なことをせず、やるべきことに集中する」のです。「がんばらない」ためには、会社がどうあるべきか、どこに向かうべきか、社員がどう働くべきか、しっかり考え抜くことが必要です。
社名がまだ「カトーデンキ販売株式会社」だった昭和63(1988)年9月28日の経営方針発表会資料を見ると、「がんばらない」の原点と言える加藤修一氏の言葉がありました。この年のカトーデンキ販売は、4月に株式を店頭公開し、5月には独自の自動発注システムを導入しています。加藤修一氏は昭和57(1982)年3月に、創業者・加藤馨氏から社長の座を引き継いで6年目、まだ42歳でした。水戸ではコジマや進出した大手百貨店が家電販売で攻勢をかけており、カトーデンキ販売も必死に対抗していた時期です。
経営方針発表会資料のファイルに含まれていたのが、昭和62(1987)年5月に全店導入したばかりのPOSシステムの説明のために作られた「POSシステムを活かすストア・マーケティング」です。そのPart.2の「売上を伸ばす対策」という項に以下のような記述がありました。
解決と対処の違い
次に「解決」というものを考えていきましょう。
解決とは向こう3~5年、あるいは未来永劫、この課題には対応しなくてもよいというレベルにまで仕事のやり方を引き上げてしまうことです。
解決の対極にあるものは「対処」というものです。たとえば何かセールがあって、こうすればお客様が集まり、セールは成功するというノウハウがあれば、セールという課題は基本的に解決されます。
しかし、セールの成功ノウハウがなければ、ガンバレ、ガンバレといわざるを得ません。ガンバレしかいわないということは、自らの知恵のなさ、ノウハウのなさを物語っているのだということを知らなければなりません。いつも、いつもガンバっている状態、これが対処だといえます。とくに流通業では、「ガンバレばなんとかなる」という空気が強く、対処、対処の連続で仕事をこなしているところが多く、解決という考え方がきわめて希薄です。最後に「行動の重視」というものを考えてみます。これは、実行力、実現力、達成力などを意味しております。流通業では不言実行というよりも有言実行でいいのですが、あまりにも有限不実行、不言不実行が多い。
カトーデンキ販売「POSシステムを活かすストア・マーケティングPart.2」 ※太字、アンダーラインは筆者による
多くの会社、店、売場で重点・集中・解決・行動の重視の逆をしているではないでしょうか。ここが、忙しさに取り紛れ、いまと同じようなレベルの販売を続けるのか、2ケタ増の売上を獲得するかの分岐点になっているのです。
「解決」と「対処」、似ているようで非なる二つの言葉から、加藤修一氏は日々の働き方の心構えをうまく説明しています。「対処」はその場限りの対策に過ぎず、同じことを何度も繰り返さなければならなくなる、だからこそ根本的な「解決」をして、二度と対応する必要がないレベルに仕事を引き上げましょうと訴えかけています。
ただガンバレ、ガンバレと発破をかけても、次につながるノウハウは残りません。忙しい中でも、今取り組むべき課題を明確にし、その課題に集中して根本的な解決を図り、しっかり行動していく。そして「解決」済みにすることで仕事の精度が向上し、全社の生産性が向上し、業績が飛躍的に伸びるのです。だからこそ加藤修一氏は、「対処」につながる「ガンバレ」という言葉を避け、「がんばらない」と明言したのです。
「がんばらない」の背景には、「重点・集中・解決・行動の重視」があります。忙しい中で課題を解決していくことは決して容易ではありません。「なまける」「手を抜く」とは真逆です。別の言い方をするなら、がんばらなくても高い生産性を実現できる組織になりましょうということです。そのためには、できもしないことに時間を費やしたり、目先の成果のためにがむしゃらに働いたりせず、やるべきことを明確にして集中的に取り組み、解決することでノウハウを蓄積していきましょうというわけです。
先の文章は、大手百貨店の進出、価格破壊セールをしかけるコジマなどの競合との戦いの真っ最中に、従業員に向けて加藤修一氏が講習したときの資料に書かれているものです。厳しい競争環境の中でも、加藤修一氏は、目先にとらわれず、一歩先、二歩先を見据えて日々の業務に取り組む大切さを社員に説いていたことがわかります。
「がんばらない経営」という言葉は、加藤氏がある時急に思いついて、実行したものではありません。厳しい競争の中で「解決」に取り組み、勝ち残ってきた結果生まれた「経営の極意」です。だからこそ、平易で誰でも理解できそうな言葉ですが、正しく理解することが難しく、容易に真似できないのです。競合他社がある日を境に急に真似しようとしてもすぐに成果を得られるものではありませんから、まさに最強の「差別化戦略」「独自資産」といえるでしょう。
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