ものがあふれる時代の商い

初期の加藤電機商会の様子

※本記事は「株式会社加藤馨経営研究所」サイトにて執筆・公開した記事です。

当研究所で何度も紹介しているように、加藤馨氏は故郷の神奈川県・千木良村(現 相模原市)を離れ、軍人として生活したのち、水戸(当時は吉田村)でラジオ修理店を始めました。これが後のケーズデンキへと成長します。

加藤馨氏が創業した戦後間もない時代は、とにかく物資がなく、ラジオを修理したり、電球を販売することが商売の中心でした。同じようにラジオ修理店を始めた人はたくさんいます。その中で加藤馨氏が商売を大きく育て上げることができたのは、修理の腕と、しっかりお客様の立場に立って親切に対応したことが大きいでしょう。1950年代後半に入り、テレビ、冷蔵庫、洗濯機といった「三種の神器」が売れるようになってからも、お客様の立場に立って考える、だますような商売をしない誠実さは変わりませんでした。

その後、日本は急速に戦後復興を果たし、豊かでものがあふれる時代へと入ります。その頃には、多店舗展開する量販店「カトーデンキ」になり、そして1998年には多くのFCが加わり、カトーデンキから「ケーズデンキ」へと商号変更しました。そのような時代の変化について、取締役会長だった加藤馨氏のコメントが残されています。毎年開催される創業祭での挨拶で、ケーズデンキに商号変更して間もない1999年の社内報に掲載されています。今回はその文章を紹介しましょう。

私は創業祭というと家内と水戸の元吉田町に電器の店を構えた頃のことをよく思い出すのです。当時は終戦直後で、お金はあってもものはなく、非常なインフレで、電球は10個、ラジオは3台が配給にされていました。配給分もすでに予約が入っていて、届いてもすぐなくなりました。電球は10日もすればフィラメントが切れる粗悪なもので、私は竹で破損したところを修理したり、ラジオは真空管を使っていましたが、部品を集め組み立てて売ったりして結構商売になりました。物がない時代でしたから、店のものは何でもよく売れました。

40年経った今はどうでしょう。どこへ行ってもものがあふれていて、よほど珍しいものか、サービスが良くなければ売れない時代になりました。こういう時代の商いは何が大切かというと『信用』です。『信用』がないと相手にされません。信用があるということは、噓をつかない誠実な心の持ち主と言えます。

同じ商品を二人のお客に別々の値段で売ったり、売った商品が欠陥商品で苦情を言われた際にメーカーが悪いと言い張ってお客様の感情を害したり、適正なマージンでなく法外なマージンをとって売ったりしたら、お店はたちまち信用がなくなってしまうでしょう。

私たちは商売人である以上、いつも誠実な心、裏返して言えば感謝の心を持ち続けなければなりません。それが店の信用を培う最大のものです。私はこの年になるまでその心を守りとおしてきました。

皆さんもぜひ明日からその心でお客様に応対してください。その効果は必ずあらわれるのです。

1999年夏 社内報「ひろば」 会長挨拶 一部表現を修正

いかがでしょうか。ここで語られていることは、ケーズデンキの「我が社の信条」そのものです。我が社の信条にある「我等は今日一日を感謝の気持で働きましょう」は、言葉を裏返せば「今日一日を誠実な心で働きましょう」ということです。

また、「我等は今日一日を親切と愛情を以って働きましょう」は、回顧録で以下のように説明されています。

親切は誰でもできますが、ただ人に親切にしたのでは相手の人はそれを正しく受けてくれないものです。人間には他人に対する警戒心というものがあって、良いことを簡単に教えてくれないと思っているからです。親切は愛情を以ってしてやらないと相手に通じません。愛情とは相手の身になって考えてやってこそ通ずるのですから、愛情ある行動を身に付ける人間になりましょう。そういう人になることによって信用ある人間となることができます

加藤馨氏「回顧録」より

店の信用を培うためには、単に「親切」にするだけでなく、相手の身になって考えて「愛情ある行動」を身に付けないといけません。「我が社の信条」と照らし合わせると、加藤馨氏の考えにはぶれがなく、信念となっていることがわかります。この信念こそ、創業精神の根幹と言えるでしょう。だからこそ、加藤馨氏は、先の会長挨拶で、「この年になるまでその心(誠実な心、感謝の心)を守りとおしてきました」と話しているのです。

ネットショッピング時代も「信用」

さて、現在は、インターネットが普及し、スマホでいつでもどこでも買い物できる時代になりました。買えるだけでなく、いくつも店を回らなくても価格比較が容易にできます。このような時代に、加藤馨氏の考え方は通じるのでしょうか。

筆者は、むしろ今の時代だからこそ、加藤馨氏の考え方が必要だと思います。単に安く買いたいだけの買物なら、ネットで済むでしょう。しかし、ネットでの買い物は基本自己責任です。機能や性能を比較したり、口コミを見たり、設置スペースを考えたり、購入後の使い方やメンテナンスなどについて調べたり、あらゆることを「自分で」しなければなりません。想定していない結果になっても、それは自己責任です。安く買えるならそれでいいという人ももちろんいるでしょう。

しかし、低価格な日用品ならともかく、家電は何年も使う高額な「生活用品」「住宅設備」です。商品選びに不安を感じたり、迷ったり、あるいは実際に使うようになってから困ったりする人も少なくありません。買物手段の選択肢が増えたからこそ、むしろ「相談できる」「説明してもらえる」というリアル店舗の特性が際立つのです。求められるのは、加藤馨氏がいう「信用」です。

競合より安く値引きするから買ってもらえるお店は、競合がもっと安くすれば買ってもらえない店になります。価格競争は大切ですが、「親切と愛情」で培われた「信用」がなければ、「家電を買うならまずあの店に行ってみよう」というファン(固定客)は増えません。そしてお客様は、買物体験を何度も積み重ねることでファンになるので、信用を得るには時間がかかります。「親切と愛情」をもって行動し続けなければならないのです。

また、リアル店舗で得た「信用」は、店舗ブランドや会社イメージを向上させます。ネットで買う時に、よく分からない信用できない店よりも「いつも使っているお店のネット販売なら安心」と選んでいただける機会も拡大します。

ネット通販が普及し始めた頃、家電流通はどの会社も取り扱い商品が同じで、商品の型番も基本的に同じなので、リアル店舗を持たないネット専門店ができると、価格比較がしやすく、あっという間にリアル店舗がつぶれていくと予想されていました。しかし、現在そのようにはなっていません。むしろ、他の流通に比べてリアル店舗が強い業界といえるでしょう。その背景にあるのが、家電販売が、セルフ販売ではなく、接客販売が中心であることです。だからこそ、「信用」が何より大切なのです。加藤馨氏の言葉や考え方は、現在も決して色あせていません。

我が社の信条 

一、我等は今日一日を感謝の気持ちで働きましょう

一、我等は今日一日を健康で楽しく働きましょう

一、我等は今日一日を親切と愛情を以て働きましょう

一、我等は今日一日を電気専門店の誇りを以て働きましょう

一、我等は今日一日を生産性の向上に努力しましょう

4※加藤馨氏が初の支店「駅南店」を出店する際、社員が朝仕事前に唱和するよう作成

研究所長 川添 聡志

株式会社流通ビジネス研究所 所長 雑誌および書籍の編集者として出版業界に携わる。家電量販店向け業界誌『月刊IT&家電ビジネス』編集長を務めた後、家電量販企業に転職。営業企画やWebを含めた販促などを担当し、その後流通コンサルタントとして独立。ケーズデンキ創業者・加藤馨氏および経営を引き継いだ加藤修一氏の「創業精神」を後世に伝えるため、株式会社加藤馨経営研究所の設立に携わり研究所所長に就任。その後、ケーズデンキに限定せず、幅広く流通市場を調査研究するため、2022年1月からコンサルティング会社「株式会社流通ビジネス研究所」を設立し、同年4月より活動拠点を新会社に移行

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