※本記事は「株式会社加藤馨経営研究所」サイトにて執筆・公開した記事です。
新型コロナウイルス禍に揺れた流通業界。感染拡大の第1波となった2020年4月に緊急事態宣言が発令され、営業自粛や時短営業などを求められ、その後も第2波~第5波と感染拡大は収まらず、2022年を迎えた今も、新たなオミクロン株の感染拡大が危惧されています。
そのような中、流通企業の株価も冴えません。家電量販企業は、2020年4月に国民全員に一律10万円を給付する特別定額給付金が閣議決定され、給付が始まると、外出自粛に伴う「イエナカ消費」の拡大で、郊外型量販を中心に家電販売が好調に推移。2021年3月期決算は営業自粛や時短営業の影響を感じさせない好業績となりました。
今2022年3月期の業績については、特別定額給付金による特需の反動が危惧され、3月期決算の家電量販企業のほとんどが減収、減益を予想しています(第2四半期決算発表時点)。唯一増収を予想するノジマも、営業利益こそ前年比プラスですが、経常利益は競合他社より大きな前期比-39.7%の減益予想となっています。
このような状況であれば当然株価も冴えません。家電量販各社(3月決算以外の企業を含む)のPBRをまとめたものが下の表です。
PBRは「株価純資産倍率」という指標で、「株価÷1株当たり純資産」で求められます。純資産は、株主が最初に出資した金額に、会社が稼いだ利益を蓄積したものを合わせた金額。その金額を1株当たりに割り振った「1株当たり純資産」は、会社が解散した場合に株主に配分される資産として「解散価値」とも呼ばれます。つまり、「PBR」が1.0を下回っている場合、今すぐ会社を解散して純資産を株主に割り振ったほうが、現在の株価水準よりもお得という計算です。逆にPBRが1.0より高ければ、付加価値が高い(企業ブランド、独自のビジネスモデルなど)、あるいは将来の事業拡大が期待されていることになります。PBRが0.5の会社があるとすれば、その会社の株を買い占めて買収した場合、投資金額の倍の資産(現金、土地や有価証券など)を得られるわけです。
家電量販企業のPBRの状況を見てみましょう。ビックカメラとノジマがかろうじて1.0を上回っているものの、売上高トップのヤマダHDが0.52、ケーズHDも0.81という状況(1月4日 大発会の終値ベース)。上新電機やエディオンも0.5台と冴えません。先のPBRの説明を踏まえれば、多くの家電量販企業が「株主にとって解散した方が得になる」水準です。ちなみに1月4日時点での日経平均のPBRは1.29(※加重平均 日経 ヒストリカルデータより)で、この水準を大きく下回っています(なお、家電量販企業は日経平均銘柄に採用されていません)。
手元にある『会社四季報』から過去の数値も拾ってみましたが、全体的に低い水準で推移していることが分かります。特別定額給付金の追い風で好業績が期待されていた2020/11/26、2021/03/01時点でもPBRは決して高い水準とはいえず、現在の株価低迷の理由が、特需反動という短期的なものではないとわかります。
家電量販以外の流通企業
他の流通も見てみましょう。業種別に一部の企業を抜き出したかたちですが、ホームセンターも家電量販店と同じような状況です。紳士服業界はさらに深刻です。需要の大幅低下により上位企業でもPBRが1.0どころか、0.5を割り込んでいます。オフィスにおける服装のカジュアル化、さらにはリモートワークの普及などを受け、紳士服の需要は低下する一方で、業種自体に将来性が見込みにくいことが原因です。
PBRが高い水準にあるのは、事業を多角化しているGMS上位2社、コロナ禍で期待され、再編期待の思惑もあるドラッグストア業界など。ニトリ(ホームセンターに含むか微妙ですが)、アパレルにおけるファーストリテイリングやワークマンなど。今の時代に強みを発揮し、注目を集めている企業も総じてPBRが高くなっています。
PBRは株価水準をはかる指標のひとつにすぎず、経営状態を表すものではありません。むしろ、どの程度マーケットで期待感を持たれているかを示す指標と言えるでしょう。
家電量販業界に対する見かた
家電量販企業の株価が、業界全体として冴えないのは、特需反動という短期的な理由ではなく、業界としての将来性に期待がないためです。紳士服業界ほどの危機的状況ではないにしても、家電量販業界は、投資家からみて、投資の魅力が薄い業界となっています。
大きな理由として挙げられるのが、ネット通販の普及による消費行動の変化です。筆者もよくシンクタンク等から質問されるのが、Amazonなどのネット販売大手が本気で家電販売を行った場合に、多数のリアル店舗を抱えた家電量販店(特に郊外型)が太刀打ちできるのかということです。日本市場では、家電をリアル店舗で購入する傾向が強いことは事実です。しかし、多大な店舗コストをかけた商売が本当に将来的にも通用するのか外部からは理解しにくい面があります。
加えて、国内メーカーの弱体化も懸念材料です。三洋やシャープが外資の傘下になり、東芝も家電事業を売却。日立や三菱がテレビ事業から撤退したように、国内メーカーの家電事業は縮小する一方。逆に、ダイソンやiRobot社など海外メーカーの躍進が目立ち、若い消費者には、中韓家電メーカーに対する抵抗感も少なく、国内メーカーのブランド力自体が低下しています。リベートやヘルパー派遣など国内大手メーカーの支援に頼っている家電量販企業が、今後どうなるのか不安視する向きもあるでしょう。
そもそも、国内家電販売事業だけでは将来的な成長が見込めないと、リフォームや住宅事業など新事業に取り組む家電量販企業が少なくありません。その代表格ともいえる業界トップのヤマダHDのPBRが1.0を大きく下回る評価ですから、それ以下の企業に目が向かないのも当然でしょう。
状況が悪い時ほど対話を
家電量販企業からすれば、この業界を長く見てきたからこそ、リアル店舗の大切さを強く感じています。しかし、その考えも、投資家やメディアなど世の中に広く伝わらなければ企業価値は上がりません。家電量販企業の株価が冴えないのは、「理解されていない」からではなく「伝わっていない」面もありそうです。
家電量販企業に限らず、経営トップは市場が悪い時や自社の業績が悪い時は、投資家やマスコミに話したがらない傾向があります。しかし、同業他社の経営数字も好調な時、いくら自社の好調さを話したところで、第三者には話半分にしか聞いてもらえません。実際には、市場が不調の時にこそ自社の強みや今後の成長展望をしっかり伝え、市場環境が悪くても自社の経営に不安がないことを示すことが大切です。マラソンで言えば、スタート直後よりも、皆が苦しくなった時にも安定した走りで順位を上げられることが「実力」として評価されます。
また、自分の考えを話して理解を得るには時間がかかります。種をまいたからといって、すぐ収穫できるわけではありません。加藤修一氏はよく経営や財産形成について、「種芋を食べてはいけない。種芋を時間をかけて育てることで大きな収穫を得られるし、次に植える種芋も残る」とたとえ話をします。企業価値向上につなげるIR活動もまさに同様です。周囲が収穫しているタイミングで慌てて種をまいても実りは得られず、寒い時期に種をまいてじっくり育てて、ようやく実りの季節を迎えることができるのです。
加藤修一氏のIR活動の強みは、市況が悪い時ほどその発言が注目された点にあります。リーマンショック、家電エコポイント反動など、市況が悪い時ほど、多くの人が加藤修一氏の言葉に耳を傾けました。もちろん、初めから発言が注目されていたわけではありません。積極的に機関投資家を紹介してもらい、自ら会って説明し、継続して会う中で実績をもって主張の正しさを示してきました。海外IRについても、証券会社担当者のアドバイスを聞き入れ、長年にわたりコミュニケーションを図ってきたからこそ、「加藤氏が来るならぜひ会いたい」という海外投資会社が多かったのです。
実際、ある海外投資会社の担当者から、以下のようなメールが面談を橋渡しした日本の証券会社宛てに届きました(原文は英語)。
ケーズを連れて来てくれてありがとう。いつもお会いするのが楽しいんです! 加藤氏は私に株価チャートを見せてくれました。自分の名刺を確かめたら、そのチャートには私が加藤氏と初めて会った日付が正確に記入されていました。
もし機会があれば、加藤氏に伝えてください。その時に買った株を決して売らずに持っておくべきだと指摘してくれたことが何よりうれしかったということを。すべての日本企業が加藤氏と同じように自社の株価について考えてくれればいいのにと思います。
今回の面談で、所有していた株を売却してしまったことが愚かだったと気づき、喜んで買い戻そうと思っています。(競合企業名)の株は決して保有しなかったけど、その会社のトップは私に文句は言えないですよね。
面談をセッティングした国内証券会社の担当者も、「よいミーティングになった模様ですね」と書いています。機関投資家との面談には、証券会社の担当者は同席できないので、面談の内容は知りません。しかし、このような反応が出れば、もっと積極的に海外投資家に引き合わせたいと考えるでしょう。
ケーズデンキの株価が右肩上がりとなって企業価値が大幅に向上したのは、営業努力で64期連続増収を達成したから自然と上昇したわけではありません。加藤修一氏がIRで積極的かつ継続的に情報発信し、業績を有言実行で伸長させてきたことが大きく影響しています。だからこそ、業界ランキングでケーズデンキより上位にある競合企業よりも、注目され、投資対象に選ばれてきたのです。その結果、株価が右肩上がりとなり、自社株を保有する社員も資産を形成できました。IR活動というのは、経営トップにしかできない、経営トップが責任をもって継続的に果たすべき活動と言えます。
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