数値改善に潜む罠

加藤馨氏と加藤修一氏

カトーデンキを、業界を代表するケーズHDにまで発展させた加藤修一氏(入社時は加藤電機商会)。その経営哲学は「がんばらない経営」として知られています。立石泰則氏著『「がんばらない」経営 不況下でも増収増益を続けるケーズデンキの秘密』(草思社)の中で、加藤修一氏はその真意を以下のように語っています。

「うち(ケーズデンキ)では、社員にあまり負荷を与えないんです。私の発言でよく出ていると思いますが、(社員は)『頑張らない』ようにと。その意味は、『やるべきことは、ちゃんとやりましょう。出来もしないことをやらないようにしましょう』ということです。『頑張る』という言葉には、私は『出来ないことをなんとかしろ』という意味合いが込められているような気がしてならないんです。そういうものは不確定だから、経営的には不安要素でしかない。だから、『頑張れ』なんて言っちゃいけない。『何をどうしましょう』という言い方でいきましょうとみんなには伝えています」

立石泰則・著『「がんばらない」経営 不況下でも増収増益を続けるケーズデンキの秘密』(草思社)

「がんばらない」=無理をしない、無理をさせない――これは社員に対してのみ向けられた言葉ではありません。お客様や取引先、あらゆるステークホルダー(利害関係者)が含まれます。2009年に、当時ケーズHD社長だった加藤修一氏は、投資家のM&Aへの関心が高まる中、「バイイングパワー」について記者に聞かれ、以下のように語っています。

バイイングパワーというのはメーカーに圧力をかけようという意識なんです。僕は、お客さんもメーカーも従業員もみんなよくなった方がいいと言っているんですよね。そこからいくと、バイイングパワーだけで安くしろではなくて、うちの方としてメーカーの能率が上がるようにしていきましょう、と。そのコストが下がった分は山分けしましょうという言い方はよくしています。下った分だけ全部よこせと言うのであれば、メーカーは下がらなくてもいいとなります。能率が上がったら全部取られちゃうんだったら、能率は上らなくてもいいと言う。能率が上がったら分けっこしましょう、だったら喜ぶけどね。

日経ビジネスオンライン2009年5月14日「不況下の増益企業スペシャル 第3回 ケーズホールディングス」より

このコメントは「メーカー」を「従業員」と言い換えても、ほぼそのまま通用します。ちなみに「能率」という言葉は、以前「効率と能率は違う」で紹介しています。かつて加藤馨氏は、従業員が退職して独立するものの失敗してしまう状況を憂いて、会社を勤めあげればひと財産を形成できるよう、社員を株主にしました。そして、会社の利益の3割を配当として増資に回すようにしました(社員の持ち株が増えていく)。社員や取引先と利益を分け合う――創業者・加藤馨氏と息子の加藤修一氏に共通する経営姿勢が分かります。

利益を分け合う大切さ

「企業の目的は株主価値の最大化」といった論調は最近でこそ否定されることが多くなりました。「社会貢献」「社会価値の創出」こそが企業の目的であるという考え方が広まっていますが、実際の経営では「利益」を最優先の目的とする行動が目立つものです。上場企業であれば、利益は会社の取り組みが評価される一番の指標であり、株価に直結するからです。社会貢献はあくまで理想で、大きな利益が出てこそ社会貢献をする余裕ができる。現実の行動としては利益を最大化するために粗利益率を上げる、販管費を下げる――利益を拡大させる施策こそが「正しい」となりがちです。

粗利益率を上昇させるには、仕入れ値を抑えるべく強い商談を行う、販管費を抑えるために人件費や地代家賃、販促費を抑えるといった方法があります。いずれも経営上、間違いではありませんが、行き過ぎた利益の追求は、加藤修一氏が語るところの「全部よこせ」になりかねず、ステークホルダーとの関係を悪くしかねません。

実際、家電量販業界では、年商日本一になった多くの企業が倒産したり、他社に買収されたりして退場していきました。売上高や利益の最大化を目指して激しく競争し、一時勝者となっても、結局は会社として存続できなかったのです。経営は、「終わりのない駅伝競走」です。短期的に大きな利益を上げることよりも、継続的に利益をあげ、会社を長く存続させることが何より重要です。

たとえば「地代家賃」を例に挙げてみましょう。賃料削減コンサルティングを行う会社を使えば、賃料が周辺環境に比べて適正か調べた上で賃料交渉をしてくれます。下がった賃料の差額から一定の割合が成功報酬となるので、依頼した会社は損がなく、むしろ得しかないように思えます。しかし、契約時の賃料が相場より現在は高くなっているからと言って、中途で契約を見直すことは本当に「正しい」のか考える必要があります。店舗が一つだけの会社ならいいかもしれません。しかし、多店舗展開する企業は話が別です。「あの会社は賃料に厳しい」「あとから条件を変えろと要求してくる」――そのような噂が広まれば、新規出店用地の確保に影響が出ます。契約が満了して、周辺に新店舗をスクラップ&ビルドで作ろうとしても用地を確保できないかもしれません。

加藤修一氏は、地代家賃や建築費は「少し高いと相手に思ってもらえるくらいがちょうどいい」と常々話していました。どこまでもコストダウンを追求するより、多少「無駄」があるくらいのほうが良い関係を築けるというわけです。「あの会社に貸すなら安心だ」と思ってもらえれば、どこかに良い土地があったときに紹介してくれるケースも出てきます。建築費も、建築資材が不足している状況でも、多少高く買っていれば回してもらえますが、普段からギリギリまで値下げを要求していれば資材を回してもらえなくなります。

利益を増やす、コストを削減するというのは決して「絶対正義」ではありません。その取り組みが長期的に見て、会社にとって本当に必要なのか、将来的に悪い影響が出ないか、さまざまな面から検討し、正しく判断することが経営者には求められます。そもそも、ギリギリまでコストダウンを図る取り組み自体、倒産しそうな追い込まれた会社がとる最期の手段です。瀕死の患者が服用するような強い薬を、健康体の人が飲めば逆に健康を害するのも当然でしょう。

贅肉のない筋肉質な経営は一見強そうです。しかし、人間も極度に体脂肪率を落とすと生命活動の維持に支障が生じます。実際、アスリートが大会直前にギリギリまで体脂肪率を落とすと、風邪をひきやすくなるなど「弱い」面が出てきます。経営も同様で、多少の余裕があったほうが外部環境の変化に耐えられます。また、アスリートも一人で練習するのではなく、トレーナーやコンディショニングコーチ、スポンサーなどの力を借りて大会に臨んでいます。周囲に信頼され、力を貸してもらえるためにも、周囲と「分け合う」「感謝する」姿勢が大切なのです。

指標の適正水準とは?

様々な経営指標がありますが、いずれも「良ければ良いほどいい」のではなく、「自社にとって最適な水準」を把握することが大切です。ケーズデンキが、徹底したローコスト経営で厳しい競争環境を勝ち抜いてきたことは事実です。しかし、加藤馨氏も、加藤修一氏も、指標の改善を図るだけではなく、自社にとっての適正水準を常に念頭に置いていました。

「商品回転率」を例に考えてみましょう。流通業では、商品回転率は高ければ高いほど良いと考えられています。家電量販店の場合、だいたい6~8回転/年。家電は、購入サイクルの長い高額商品が多く、主力製品をメーカーが毎年モデルチェンジしている、さらには消耗品など比較的購入頻度の高い商品がミックスされることを考えると、年6回程度、棚卸資産回転期間にすると60日程度が業界標準と言えます(都市部大型量販店は回転率が高くなる)。

一方で、売場の品揃えには各社の特徴が反映されます。ケーズデンキの場合、販売数量が少なくても、代替品がないような商品はしっかり品揃えするという方針がありました。たとえば加湿器・空気清浄機のフィルター、特殊な電池や管球などは、「ものがないのでこの商品を代わりに使ってください」と提案することができません。そこで年間販売数量がたとえ、0~1個でも、置いていないとお客様が困るので品揃えするようにしています。このような消耗品の品揃えは、ケーズデンキの電気専門店としての「強み」であり、競合との差別化、顧客満足度の向上につながる重要な要素です。

だからこそ、加藤修一氏は商品回転率が競合並みの水準に改善すると、「商品回転率はあまり上がり過ぎてはいけない。品揃えや在庫の確保を考えると、もう少し数字は低いほうがいい」と注意を促したのです。「在庫は適度に持っていないと、品切れを起こして、来店して買えなかったお客様をがっかりさせることになる。それに、売れる商品ばかりにして売れ行きの悪い商品を外してしまうと、お客様の購入時の選択の幅を狭めてしまう」。消耗品についても、「単価も低く、1商品当たりの在庫数は1~2点で在庫金額もたかが知れている。ずっと売れ残ったとしても、他で手に入らなくなればむしろ、当社がお客様にとって唯一の購入先になる。最終的に処分することになったとしても、当社の品揃えをお客様に知っていただく“壁紙商品”として十分な宣伝効果がある」と説明しました。つまり、加藤修一氏は、業界水準や競合の指標と比べるよりも、自社にとっての適正水準を何より重視していたのです。

目先の数字に惑わされず、自社のあるべき姿、やるべきことを明確にイメージし、長期的な視点で判断する、これは経営者にしかできない仕事です。「がんばらない経営」には、このような経営の視点が不可欠なのです。「会社は急に大きくすると寿命が来てしまう。寿命が来ないように、会社はゆっくり大きくさせるものだ」――大学を卒業して加藤電機商会に入社した加藤修一氏に、父・加藤馨氏はこのように話したそうです。加藤修一氏は、この言葉を「忠実に守ってきた」そうです。わき目もふらずに全力疾走するのではなく、周囲の景色がしっかり見える速さで走るからこそ、長く走り続けるためのペース配分や体調管理をしながら、不測の事態に備えることができ、コストや利益に対しても俯瞰的な見方ができたのでしょう。

「がんばらない」という言葉は誰でも知っている言葉です。しかし、「利益を分け合う」「自社の最適な水準を把握する」といった、背景にある考えかたを理解しなければ、「がんばらない経営」は実現することができないのです。

研究所長 川添 聡志

株式会社流通ビジネス研究所 所長 雑誌および書籍の編集者として出版業界に携わる。家電量販店向け業界誌『月刊IT&家電ビジネス』編集長を務めた後、家電量販企業に転職。営業企画やWebを含めた販促などを担当し、その後流通コンサルタントとして独立。ケーズデンキ創業者・加藤馨氏および経営を引き継いだ加藤修一氏の「創業精神」を後世に伝えるため、株式会社加藤馨経営研究所の設立に携わり研究所所長に就任。その後、ケーズデンキに限定せず、幅広く流通市場を調査研究するため、2022年1月からコンサルティング会社「株式会社流通ビジネス研究所」を設立し、同年4月より活動拠点を新会社に移行

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