パナソニックがメーカー指定価格商品を拡大へ

カメラ量販店の洗濯機売場

日経新聞によると、パナソニックが国内で販売店との取引の見直しを進めているという。

 パナソニックホールディングス(HD)傘下のパナソニックは3日、家電の値崩れを防ぐため、国内で販売店との取引の見直しを進めていると明らかにした。販売店が必要な量だけ納めて返品にも応じる代わりに、値引き販売の原資となる販売奨励金を絞る。これまで売れ行きが悪かったり新商品の発売前になったりすると、販売店は奨励金を原資に値下げしていた。原材料が高騰するなか、利益の確保につなげる。

パナソニック、家電値崩れ防止へ 販売店と取引見直し (日経新聞オンライン 関西 2022年6月3日)

パナソニックは、2020年から一部のプレミアム商品について、店頭での「メーカー指定価格」を実施している。メーカ指定価格とは、メーカーが指定した価格でお客に販売するもので、家電量販店で従来当たり前のように行われていた「相対値引き」はできず、店頭表示価格がいわゆる「ズバリ価格」となる。他の流通業では、表示価格=購入価格だが、家電量販店では、セルフで購入する消耗品や小物商品などを除き、相対値引きが常態化している。百貨店やGMS、あるいはネット通販(正規販売、ダフ屋などは除く)などで家電の販売が主流とならないのは、この相対値引きに対応できないことも少なからず影響している。

パナソニックは2022年現在、テレビ、レコーダー、カメラ、オーディオ、エアコン、洗濯機、冷蔵庫、オーブンレンジ、炊飯器、掃除機、オーブントースター、食洗器、理美容家電、空気清浄機、照明など、幅広い商品で「メーカー指定価格」を導入。2020年の導入当初に比べ、対象商品は大幅に増加した。

パナソニックのドライヤー「EH-NA0G」の量販自社ウェブサイトでの売価の画像
指定価格となっているパナソニックのドライヤー「EH-NA0G」。ヨドバシカメラは税込3万3000円のポイント3300P。エディオンは同2万9972円のポイント273ポイント。ポイントを引いて税込2万9700円、税別2万7000円で価格が統一されている

本来、メーカーが小売店に対し価格を指定する行為は、独占禁止法で「再販売価格維持行為」として禁止されている。しかし、公正取引委員会のホームページでは、「家電メーカーが,商品売れ残りのリスク等を自ら負うことを前提として,小売業者に対して家電製品の販売価格を指示することについて,独占禁止法上問題となるものではないと回答した事例」を紹介している(リンク)。詳しくはリンク先を見て頂くとして、結論は「メーカーが,商品売れ残りのリスク等を自ら負うことを前提として,小売業者に対して家電製品の販売価格を指示することは,独占禁止法上問題となるものではない」ということだ。

仕入れた商品を販売するにあたって、販売価格の決定権は小売業者にある。そうでなければ、価格が高くて商品が売れ残った場合の損失をメーカーがかぶらず、小売業者が一方的に引き受けざるをえない。また、市場における価格の自由競争が維持されなければ、消費者にとって大きな不利益となる。販売価格の自由度はとても大切なものだ。だが、公正取引委員会が紹介しているように、「商品売れ残りのリスク等をメーカーが自ら負う」ことを前提として価格を指定することは問題がなく、パナソニックも、返品を受け入れることでメーカー指定価格を可能としていると思われる。

公正取引委員会が紹介する「メーカーによる小売業者への販売価格の指示」の例
公正取引委員会が紹介する「メーカーによる小売業者への販売価格の指示」の例。
図に書かれているように「売れ残りリスク」「在庫管理リスク」が、メーカーと小売業者のどちらにあるかが判断のポイントとなる

一方で、小売店側の反応はどうか。量販店で話を聞くと、「値引き交渉も買物の楽しさの一つであり、お客様の満足を得にくい」という意見もあるが、「価格が統一されているので、ネットや競合価格を気にすることなくスムーズに接客できる」「指名買いのお客様がほとんどで、当初思っていたよりも悪影響はない」と前向きな声も聴かれる。これまでも「指定価格商品」がなかったわけではない。アップル製品やデザイン家電、スマート家電など、海外メーカーを中心に「値引き不可」商品があり、販売員が値引きしようにも、POSレジで価格がロックされていた。ここにパナソニックのプレミアム商品が加わっただけと考えれば、大きな驚きはないかもしれない。

だが、大きな問題がないのも、あくまでパナソニックの最上位機種を中心とした一部商品が対象だからという話。先の日経の記事によるとパナソニックでは「21年度は対象品の売上高比率が空調と空気清浄機を除く白物家電で15%、家電全体で8%になった」としている。パナソニックは、系列店と呼ばれる地域店チェーンが強く、系列店は上位機種中心に販売している。パナソニックの売上の約2割程度を系列店が占めているので、量販店店頭での指定価格商品の売上高比率は記事中の数字よりもう少し低いはずだ。半導体不足や新型コロナの影響による物流の停滞などもあり、さらにはもともとパナソニックの最上位モデルは供給が絞られている傾向もあったため、メーカー指定価格が導入されても、量販店店頭では目立った影響を感じにくい面もあるだろう。

独自色強い商談の見直し

パナソニックは、2020年に開始した「メーカー指定価格」を拡大する方針を打ち出したが、今後家電流通にどのような影響が出るのだろうか。

一番重要なことは、従来の家電業界独自の商談が変化するということ。日経の記事では、以下のように書かれている。

 販売店が必要な量だけ納めて返品にも応じる代わりに、値引き販売の原資となる販売奨励金を絞る。これまで売れ行きが悪かったり新商品の発売前になったりすると、販売店は奨励金を原資に値下げしていた。原材料が高騰するなか、利益の確保につなげる。

パナソニック、家電値崩れ防止へ 販売店と取引見直し (日経新聞オンライン 関西 2022年6月3日)

家電量販店が安さを訴求できるのは、販売奨励金(=リベート)の存在が大きい。商品を「重点販売品」にすることで販売数量を約束し、仕入れ価格を下げる。その上で販売数量の目標達成リベートなどを加える。また、価格下落が続いたり、旬を過ぎた商品は、「処分費」「価格対策費」などのリベートをつけることで、店頭販売価格を引き下げられるようにする。百貨店や地域店などが、量販価格に対抗できないのは、スケールメリットよりも、このような多彩なリベートの有無が大きいだろう。

リベートは量販店の一方的な要求によって存在するわけではない。メーカー側にもメリットがある。たとえば、店頭表示価格を下げられると、そこからさらに相対値引きが発生し、市場全体の価格が乱れる。そこで、良いリベート条件を提示し、関係を強化することで、量販店が価格を下げるタイミングをコントロールするという面もある。

売価のコントロールでは、キャンペーンなどで別途「値引きコード」をたてるケースもある。例えば通常1万2000円の商品をキャンペーン中に1万円で販売する。この際、2000円の値引きコードを用意し、購入時に入力すれば、POSデータ上は1万2000円で販売したことになる。これにより、GfKジャパンなどで集計されているPOS実売価格の下落を「表面上」抑えることができる。もちろん値引きコードの原資はメーカー負担だ。他にも、「下取り値引き」なども同じような狙いで実施されている。

また、販売時期を過ぎてしまった季節商品、あるいは型落ち商品などは、メーカーが引きとって処分するにもコストが掛かる。そこで「どうぞ好きに売ってください」と「処分費」を出して格安販売してもらい、市中在庫を解消することもある。処分を早めることで、新商品の導入を円滑にし、さらには価格下落の連鎖を断ち切る狙いだ。時には原価を0円にするような場合もあるという。

流通業はいろいろあるが、接客&量販業態である家電量販店ならではの独特な商慣習と言えるだろう(家電流通史上のさまざまな問題、事件などが土台にあるが、話が長くなるのでここでは割愛する)。パナソニックは、そこに「メーカー指定価格」という一石を投じた。現状、パナソニックでは対象商品の取扱店舗を限定しているが、最終的な狙いは、ネットを含むあらゆるチャネルで価格を統一することだろう。自社商品にとって最適なチャネル、業者を選んで商品を優先的に供給することも考えられる。

また、「値崩れの抑制と連動して、商品の販売期間を1年程度から2~3年以上に延ばして開発を効率化する方針」(日経新聞)とあるように、慣例化した毎年の商品ラインアップ刷新を取り止め、さらには生産台数を実売台数に限りなく近づけ、余剰在庫をなくし販売効率を高めることも狙える。メーカーとしては、うまく回ればメリットしかない話だ。

一方、流通側にとっては、価格がメーカー指定になれば、お客からすれば、どこで購入しても同じ価格で購入できることを意味する。今まで在庫があり、安く購入できるからと量販店を選択していたお客が、ネットや百貨店、地域店で購入できてしまう。メーカー直販サイトで購入すれば、保証期間延長や関連サービス提供など、メーカー独自の特典もついてくるだろう。従来家電販売の大半を占めていた量販チャネルが、顧客にとって数ある購入先の一つに過ぎなくなる可能性もある。

また、手厚いリベート支援がなくなれば、純粋に販売数量に応じた粗利を得るしかない。当たり前と言えば当たり前だが、メーカーとの協力関係に基づいた有利な条件を獲得しにくくなることは軽視できない。現状では、接客販売を中心とする家電量販店の商品を説明力は、他チャネルよりも優れている。しかし、今後メーカーからの店頭販促支援などが薄くなっても、自社でお客様を集め、購入につなげるだけの販売力があるかどうか、量販各社は問われるだろう。

さらには、新商品投入のサイクルが現在の1年から、2~3年に伸びれば、商談における販売計画の立て方にも大きな影響が生じる。販売目標達成リベート、さらには原価見直しや処分費などを受け取る回数が減り、受け取るリベート額は少なくなる。付随するリベートが大きい高額商品の商品サイクルが長期化することは、家電量販店にとって軽視できない収益への影響があると思われる。

家電量販店は、家電メーカーにとって自社商品を大量に販売してくれるパートナーと言える存在。家電販売の6~7割を担うメインチャネルだ。これは当面変わらない。しかし、一方で「量販」という業態は「安さ」の訴求が生命線でもある。量販企業同士が価格を競い合い、メーカーがシェア拡大を図ってきた歴史の中で、独特な商談や商習慣が築かれてきた。しかし、国内家電需要が緩やかに縮小に向かう中で、販売量を追いかけるような商談は現実にそぐわなくなっている。

筆者は、家電量販独自の商談は、国内の商習慣に縛られない海外メーカーのシェアアップにより、なし崩し的に変化していくと予想していた。まさかパナソニックがここまで本気で動いてくるとは予想していなかった。もしかするとコロナ禍でのイエナカ需要拡大、半導体を含む部材不足といった特殊な市場環境がパナソニックの危機感を高め、スピードを速めたのかもしれない。

他メーカーは追随するか

今後注目されるのは、他の家電メーカーの動きだ。家電流通史では、松下ダイエー戦争、返品問題、ヘルパー問題など、パナソニックが常に先陣を切って業界の問題解決に動いてきた歴史がある。しかし、家電業界をけん引するパナソニックに対し、他の家電メーカーは時に追随し、時に方向性を違えてきた。足並みがそろわなかったのは、多くの場合、シェアアップを狙うメーカーがいたことだ。しかし、現在の家電市場は大きな需要拡大が見込みにくく、淘汰された家電メーカーや、商品分野を縮小したメーカーもある。AVから生活家電まであらゆる家電を手掛ける「総合家電メーカー」は、もはやパナソニック一社となった。お荷物となった家電事業をどうするか考えているメーカーにとって、今回のパナソニックの動きには高い関心があるだろう。

今後、各社が最上位モデルをメーカー指定価格商品にする可能性もある。一方でプレミアム商品で価格訴求せずに他メーカーと競うことは、ボトム商品のセール訴求で数をこなすよりもはるかに難しいことだ。高くても販売数量が見込めるだけの商品の魅力、ブランド力があるかがカギとなる。パナソニックのプレミアムモデルは、家電の顔ともいえる存在で、ブランド力があり、高くても売れる人気商品が多い。広告宣伝、系列地域店での販売力も段違いに強い。他メーカーが、メーカー指定価格だけを安易に真似てもうまくいかない可能性が高い。当初見込んだ販売数量を確保できなければ、なし崩し的に指定価格を見直すことにもなりかねないし、下手すれば「売れない高額商品」として、対象商品を店頭に置いてもらえなくなるリスクもある。

流通、メーカー、各社が「お手並み拝見」と様子見してきたパナソニックの「メーカー指定価格」。パナソニックが一定の成果を挙げられたと自認し、拡大路線を表明したことは、流通、メーカー各社に従来の商慣習を見直す契機として、一石を投じたことを意味する。メーカーも家電事業は厳しい。国内需要の拡大が見込みにくい中、商品の性能や機能の向上も限界にきている。かといって海外市場への進出もうまく行っているわけではない。重電メーカーは、家電事業から徐々に撤退しているという状況で、大手メーカーも家電事業は厳しい。

そのような中、従来の取引慣行に安穏としているようでは、家電量販企業も先行きが不透明になるだろう。メーカーの状況を理解し、ともに市場を盛り上げ、需要を喚起するような取り組みが求められる。失敗しない商品選びの手伝い、商品の魅力を伝える提案など、メーカーと消費者をつなぐ、お客にとっての「購買代行業」という、家電販売店本来の強みがなければ、メーカー直販やネット通販といった他チャネルに「利便性」の面で負けかねない。メーカー指定価格に対し、家電量販企業が今すぐ慌ててどうこうする必要はないだろうが、中長期的な商談や商慣習の変化は意識し、準備しておく必要はありそうだ。

研究所長 川添 聡志

株式会社流通ビジネス研究所 所長 雑誌および書籍の編集者として出版業界に携わる。家電量販店向け業界誌『月刊IT&家電ビジネス』編集長を務めた後、家電量販企業に転職。営業企画やWebを含めた販促などを担当し、その後流通コンサルタントとして独立。ケーズデンキ創業者・加藤馨氏および経営を引き継いだ加藤修一氏の「創業精神」を後世に伝えるため、株式会社加藤馨経営研究所の設立に携わり研究所所長に就任。その後、ケーズデンキに限定せず、幅広く流通市場を調査研究するため、2022年1月からコンサルティング会社「株式会社流通ビジネス研究所」を設立し、同年4月より活動拠点を新会社に移行

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