勝つスーパーはSPA?

成城石井の外観

2022年8月26日の日経MJのトップ記事は「勝つスーパーは製造業 スイーツや総菜、SPA進化」というもの。リード(冒頭の記事紹介文)には以下のように書かれている。

独自開発商品を売りにするスーパーの動きが活発だ。成城石井は自家製総菜やスイーツの製造能力を倍増させ、出店拡大の足がかりにする。紀ノ国屋は看板商品のアップルパイを海外で外販していく。こだわりの自社商品を自社で作って商圏を広げる。そんな製造小売業(SPA)を進化させた「製造業型」経営がスーパーの勝ちパターンの1つとなりつつある。

2022年8月26日の日経MJ「勝つスーパーは製造業 スイーツや総菜、SPA進化」 ※会員限定記事

スーパー業界を取り巻く状況は巣ごもり特需の縮小と物価高で消費者の節約志向が高まり、スパーマーケット統計調査によると6月は3ヶ月連続で前年割れと記事は指摘している。一方で、独自製造のスイーツや総菜で集客につなげている勝ち組として紹介されているのは、成城石井や紀ノ国屋、明治屋、クイーンズ伊勢丹など。オーガニック商品を独自展開するライフコーポレーションや長野県などの地元食材を活用するツルヤなども紹介されている。

スーパー業界は、同じ小売業でも、家電業界とは大きく異なるが、何かと「SPA」がもてはやされる今、家電業界にかかわる人間として無視できない記事と感じたので今回取り上げてみる。

弱者の「一点突破」

成城石井では自家製チーズケーキが「1本1000円しないのに専門店で買うより手軽に楽しめる」と屈指の人気商品になっており、成城石井では工場を新設するなど製造能力を拡大、生クリーム入りメロンパンを復活させるなど、独自商品をテコに出店地域を拡大する狙いだという。また、他社への商品供給も行っており、食品卸としても売り上げが拡大しているとのこと。また、JR東日本傘下の紀ノ国屋も、長年愛されてきたオリジナルのアップルパイやパンなどの看板商品を、他社に卸して販路を拡大するともに駅ナカ店で売れる菓子や弁当、総菜なども新規開発しているという。

こういう記事を読むと、単純に「やっぱり時代はSPA」だなと受け取る向きが多い。しかし、ピックアップされた企業の事業規模を見ずに表面の成功面だけ見ることは大きな過ちとなる。成城石井は年商1000億円超。紀ノ国屋は同200億円超。クイーンズ伊勢丹も同約430億円。ピックアップされた企業で一番の大手はライフコーポレーションで年商約7500億円だが、記事中では「オーガニックの『ビオラル』を展開」としか紹介されていない。そもそも、ライフは企業規模的に、主流であるイオンやセブン&アイを選ばない顧客層を獲得する対抗軸としてのポジションをすでに確立している。『ビオラル』は違いを明確に主張するための象徴、あるいはひとつの駒といったものだ。

一方、業界首位はイオンでスーパーマーケット事業で年商3兆円弱、セブン&アイHDは同約1兆5000億円となっており、圧倒的な規模の差がある。日経MJが取り上げた「SPAで勝つ」は、結局のところ弱者の戦い方であるランチェスター戦略の「一点突破」にすぎない。特定の顧客層や商圏に特化した営業や商品開発、あるいは狭い特定の分野での戦いに一点集中することで、圧倒的大手との戦いに勝利する戦術だ。勝利とはいえ、あくまで局所戦での勝利に過ぎない。そもそも規模が大きい企業でも、100%シェアはありえず、一定数の「特別」を求める買物が存在する。一定の「アンチ」、あるいは「日常使い」と「特別な買物」といった使い分けがある。その買物に特化することで生き残りを図るという考え方だ。このような「特別」を求める層は、はるかにパイが小さい。

「一点突破」の弱点は、生き残りは図れても事業拡大が難しいことにある。「特別」感を支持するお客は強い支持顧客層となるが、一方で絶対数は少ない。さらには顧客が拡大すると「特別感」が失われていくというジレンマも生じる。実際、記事でも「メーカーとの垣根が低くなる中、小売企業にはこれまで以上に商品開発力が求められてくる」と書きながら、以下のように書き加えている。

日常の食事や日用品で立ち寄る事の多いコンビニやドラッグストアに比べ、成城石井の来客は「ハレの日」需要の場合もある。それだけに現在進めている出店拡大や他チェーンへの卸販売が増えていけば、商品に対する「特別感」が薄まる懸念がある。

2022年8月26日の日経MJ「勝つスーパーは製造業 スイーツや総菜、SPA進化」 ※会員限定記事

懸念があるというものではなく、これは弱者戦略に常に存在するジレンマだ。家電業界で言えば、量販店と地域店の戦いに似ているだろう。地域店の取り組みで量販店の優位性が大きく影響されることはない。むしろ、量販店のサービスが及ばない顧客層や分野を補完する存在として、ある意味「すき間」を補うことで存在意義を発揮し、共存している。

デザイン性の高い扇風機やトースターで名を挙げたバルミューダも、ヒット商品は出したものの、家電市場で安定的なポジションを得るには至っていない。高級家電で話題になったとはいえ、エアコンや洗濯機、冷蔵庫などを安定的に製造販売している大手家電メーカーからすればはるかに小さい存在。まだまだ一つの失敗が会社を傾かせかねない状況だ。アイデアと技術で突破するにも、ヒット商品を連発し続けることは容易ではない。

一点突破SPAと量販SPAは別物

もちろん「一点突破」に成功した会社がその後大きな成長を遂げる可能性もゼロではない。しかし、一点を二点、三点にして太い突破口とするのは容易ではない。そもそも突破したはずの一点も、顧客に飽きられてしまったり、何かトラブルがあったりすれば、開けた穴はすぐにふさがれてしまう。顧客に飽きられないようにする努力だけでも大変なものだ。うまくブランド評価を高めても、顧客の接触機会が増えれば「特別感」がなくなってしまう。重要なのは、局所での勝利をいかに継続し、その効果を持続させるかということだ。

確かにユニクロやニトリはSPAならではの強みを発揮し大企業に成長した。お買い得感を前面に出すイオンのトップバリュー、あるいは高級感をうたうセブンプレミアムなど、いずれも大きな販売数量を目指し、その上で粗利向上につなげており、いわば「量販SPA」というべきもの。圧倒的な販売力をバックに、割安感、コストパフォーマンスといったキャッチフレーズで展開するSPAだ。SPAの成功事例であるニトリやユニクロも実際には「量販SPA」を早くから志向している。弱者の戦略である「一点突破SPA」とは全くの別物だ。

弱者の「一点突破SPA」は、コストや手間暇をかけて苦労の末に生み出すもの。お客の期待感も大きいだけに、品質の維持・向上が不可欠で、販売数量を追えばどうしても無理が出やすい。自社の立場や、SPAの特性を正しく把握して、上手に活用しなければならず、自社のブランド力や成功体験を過剰に評価してしまうことは、逆に経営上の大きな過ちを招くことすらある。

製造から販売まで手掛ければ、確かに利益率は大きくなるが、一方で大きなリスクを伴う。メーカーや卸は、製造者責任や在庫調整などのリスクを分担し、調整弁のような役割を担っている。そもそも自社生産の商品だけに絞るよりも、複数のメーカーが競争しながら作った複数の商品から選ぶほうが、ヒットする可能性は高い。

ビックカメラやヤマダHD、エディオンなど、家電流通でもSPA拡大を掲げる企業は多いが、筆者が諸手を挙げて賛成できないのは、このような背景があるからだ。長年の製造ノウハウのある家電メーカーとの友好的な関係の中で、「お客様にはこういう要望がある」「この機能はお客様に響かない」などコミュニケーションを図りながら、メーカーの商品開発力を高め、その結果として自社の販売拡大につなげる方が事業としての安定性、継続性につながるのではないだろうか。ケーズHDの加藤修一氏はSPAに否定的な発言をすることが多かったが、今ブームのようにもてはやされる「SPA」という言葉を見るたびに、筆者も加藤氏の言葉を思い出し、違和感を抱いてしまう。

そもそも経営や営業方針はブームで左右されるものではないはずだ。メディアやコンサルタントは経営に責任を負わない立場で批評するが、経営者は、自社の強みやアイデンティティーなどを最もよく知る者として、正しい信念のもと経営判断する強さが求められる。ケーズデンキを創業し、大きく発展させてきた加藤馨氏や加藤修一氏の取り組みや思想を研究していると、経営者に求められるのは、時流に乗って“うまく”経営する事ではなく、正しく、ブレない芯の強さだということを強く思うのだ。

最期に、SPAに関連して、加藤修一氏がメーカーと流通の関係について言及した言葉を紹介する。もっと利益を多くしようとバイイングパワーを高め、メーカーに圧力をかけることを間違っていると指摘しているが、SPAやオリジナル商品の強化にもどこか通じる話だと筆者は思う。

バイイングパワーというのは、メーカーさんに圧力をかけようという意識が潜在しています。私はお客様もメーカーさんも量販店も、相互によくなったほうがいいと思っています。また、そうでなければ業界の正常な発展はないと考えているのです。(中略)

 メーカーさんと量販店との関係は戦いではなく、お客様に対して「製造」と「販売」という役割分担です。それが業界の健全化につながる考え方だと確信しています。昔から小さな電器屋さんとも勉強会をやってきて、そこで言ってきたことは、日本では、メーカーさんが強いことで流逋が助かっているということです。国内メーカーさんが弱くなってしまったら、商品を海外から仕入れなければならなくなり、小さな店まで回らなくなります。
 国内メーカーさんが強く、そして必ず売れる商品を出してきてくれたからこそ、家電一筋で来られたのだと思っています。私はメーカーさんに感謝しています。

加藤修一 著「すべては社員のために『がんばらない経営』」(かんき出版)より

研究所長 川添 聡志

株式会社流通ビジネス研究所 所長 雑誌および書籍の編集者として出版業界に携わる。家電量販店向け業界誌『月刊IT&家電ビジネス』編集長を務めた後、家電量販企業に転職。営業企画やWebを含めた販促などを担当し、その後流通コンサルタントとして独立。ケーズデンキ創業者・加藤馨氏および経営を引き継いだ加藤修一氏の「創業精神」を後世に伝えるため、株式会社加藤馨経営研究所の設立に携わり研究所所長に就任。その後、ケーズデンキに限定せず、幅広く流通市場を調査研究するため、2022年1月からコンサルティング会社「株式会社流通ビジネス研究所」を設立し、同年4月より活動拠点を新会社に移行

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