2022年8月29日、ビックカメラが9月1日付での社長交代を発表した。2020年9月にビックカメラ社長に就任した木村一義氏は取締役となり、新たに秋保徹専務取締役執行役員 事業推進部門管掌マーケティング本部長が代表取締役社長代表執行役員に就任。従来、木村社長と川村副社長の代表取締役2名体制だったが、今回は秋保氏1名として権限を集中させる。
前任の木村一義氏は、2010年4月にビックカメラ顧問に就任。2012年5月に子会社化したコジマの再建を託され 、同年11月にコジマ取締役に就任。2013年2月にコジマ代表取締役会長に就任した(2013年9月から社長兼任)。その手腕を買われ、2020年9月にビックカメラ代表取締役社長に就任。社長就任から2年での交代となる。木村氏は現在78歳。社長就任の際にも高齢を理由に固辞していたという。一方、新社長の秋保氏は1974年生まれの47歳。31歳の若返りで、リリースによると「当社単体における収益力回復に向けた経営課題の実行スピードを高めるべく、経営体制の若返りを図るため」とされている。
ビックカメラは創業者の新井隆二氏以降、旗艦店店長として実績のある営業畑出身の宮嶋宏幸氏、外部招聘で金融畑出身の木村一義氏と社長のバトンを引き継いできた。今回の秋保徹氏は、商品部長から2015年にEC事業部長に就任して以降、2017年2月に常務執行役員EC事業本部長、2018年4月にビックカメラ楽天代表取締役社長となるなど、ネット通販拡大、O2O(オンラインからリアル店舗への送客)などに取り組んできた。2019年8月にビックカメラの取締役常務執行役員商品本部長兼EC本部長となると、2020年9月の組織変更で従来の8本部制から「経営戦略部門」「事業推進部門」「経営管理部門」の3部門に集約された際、取締役専務執行役員 事業推進部門管掌 商品本部長に就任している。
人通りの多い駅前出店を軸に事業を拡大してきたビックカメラだが、東京愛知大阪などの大都市圏を除くと店舗は苦戦している印象。電車通勤・通学客にとって利便性が高いレールサイド店舗だが、ここ10年ほどで状況も変わってきた。ネット通販が浸透し、配送がスピードアップするなど、ネット通販に利便性の面で負ける面も出ている。同じカメラ量販店でも、ヨドバシカメラはネット通販で大きく先行しており、また地方都市は自社ネット通販でカバーする戦略を早くから採ってきた。自社物件のレールサイド超大型店による圧倒的な集客力とブランド、リアル店舗の強みに充実した自社ネット通販をミックスさせたヨドバシカメラのビジネスモデルは、家電に限らず、流通業の中でも傑出したものと言えるだろう。これに対し、出遅れた感のあるビックカメラは、自社ネット通販の強化とともに、楽天などネット通販大手と連携するなどして劣勢の挽回を図ってきた。そのEC事業強化の中心にいたのが秋保氏であり、その意味では「EC畑」出身の社長と言えそうだ。
今回の人事では、組織変更も発表されている。2020年9月の組織変更で3部門に集約したが、その部門制を廃止し、経営企画本部、MD本部、EC・ロジスティックス本部、関連事業本部、経営管理本部、内部統制本部の6本部+社長室、人財開発部に変更。リリースでは、「経営陣・従業員との双方向の意思疎通をより促進する目的で部門制を廃止、フラットな組織体制に変更」と説明されている。EC事業のさらなる強化を図るべく、ECとロジスティックスを本部として統合し、リアル店舗を所管するMD本部と並列の位置づけとした。秋保氏の出身から考えても、今後の業績拡大の核は「EC・ロジスティックス本部」であり、ECと連携したかたちでリアル店舗の強化を図っていくのは明らかだろう。
今後のリアル店舗の出店も、駅の利用客数や物件の優劣ではなく、スピード配送や店頭受け取り、リアル店舗連携など、EC事業との親和性を軸に行われていくものと予想される。ビックカメラにとって、コロナ禍はインバウンド需要の激減、さらには行動自粛による通勤通学客の減少など、大きな痛手となった。一方で、立て直しを図っていた子会社の郊外型量販コジマは、巣ごもり需要などの恩恵を受け好調。ビックカメラとして成長の柱のひとつと位置付けていたインバウンド需要が脆さを露呈する中、駅前店舗の強さを発揮するにはオムニチャネル戦略の急加速が必要となった。戻るか分からないインバウンド需要に頼らず、レールサイド店舗が持つ本来の強みを、今の時代にしっかり合わせて進化させることは方向性として間違いではないだろう。
創業者新井氏との関係
その意味では、今回の秋保新社長の昇格はまさに当を得た人事と言える。とはいえ、ビックカメラは、創業者である新井隆二氏の影響力が今も強い。2009年に不適切な会計処理の指摘を受け、責任を取る形で会長を辞任したが、2012年に9月に会長職に復帰(秋保氏は同じタイミングで新任の執行役員に就任)。宮嶋氏から木村氏への社長交代も、もともと顧問として木村氏をビックカメラに招聘した新井氏の意向が反映されたものだという。2021年8月期の有価証券報告書を見ると、新井氏はビックカメラの議決権を直接37.8%、間接5.7%保有している。他に新井氏が100%株主のラ・ホールディングスもビックカメラの議決権を5.3%有しており、取締役ではない会長とはいえ、社内での権限は大きいはずだ。有報の「関連当事者情報」を見ても、新井氏が支配する会社との取引金額は10億円を超える。その新井氏のお眼鏡にかなった新社長が秋保氏ということだろう。
ちなみに新井氏の後に社長となった宮嶋氏は46歳で社長に就任し、15年間その責を全うしてきた。上場してから不正会計問題を乗り越え、財務の改善、M&A、ネット販売強化などに取り組んできた宮嶋氏だが、2020年9月に取締役副会長に退き、その2か月後の11月に取締役を退任。今はビックカメラにいない。世代交代は大切だが、15年にわたる宮嶋氏の経験(成功失敗を含め)は引き継がれず、筆者は単なる首の挿げ替えのような印象を受けた。
創業者と会社の関係は難しい。ケーズデンキの場合、加藤馨氏や加藤修一氏は経営手腕や営業戦略以上に「わが社の信条」に代表される創業者精神が優れており、その精神に基づいて経営されたことで、会社が発展した。その意味では、いかに創業者精神を後世に引き継いでいくかが重要となる。一方で、ビックカメラの場合、駅前出店、ポイント施策などビジネスモデルはあるものの、具体的なビックカメラの精神となるとどうだろうか。経営理念は「お客様第一主義を実践し、最高のサービスをお客様に提供することで社会に貢献する」とあるが、これこそビックカメラの精神というものは見えない。そもそも経営理念どころか、新井氏の残した言葉が見あたらない。自分がいなくなってからも会社が正しい商売を続けられるように、創業者は多くの言葉を残すべきではないだろうか。実際、上新電機は倒産の危機に陥った際に、創業者浄弘博光の教えに回帰して立て直しに成功した。
新井氏に関して見つかるのは、政治家やファンドとの関係が強いとの記事ばかり。ライブドアや村上ファンドによるフジ・サンケイグループやTBSの買収騒動でもビックカメラの動きが買収防衛に大きな力を発揮した。営業面よりも、フィクサー的な動きが中心で、当人がインタビューでビックカメラの経営について語ることもほとんどない。引き継ぐべき創業精神が見えないというのが筆者の印象だ。売るための努力や売り場の工夫、あるいは新たな取り組みに果敢にチャレンジする姿勢などはあるが、これは根底にあるビックカメラの創業精神と呼べるものではないだろう。
これまでも今回も、トップ人事にはどうにも背後に新井氏の影響力が見え隠れする。秋保氏は現在47歳。自身の強みを発揮し、長期政権にするには、新井氏を納得させ、あれこれ口出しをする必要がないだけの実績を出し続けることが求められるだろう。決して容易ではないが、ヨドバシカメラに見劣りしないビジネスモデルを確立できるのか、今後の取り組み、発言に注目したい。
背後には新井氏の影響力も見え隠れする。秋保氏は現在47歳。自身の強みを発揮し、長期政権として、ヨドバシカメラに見劣りしないビジネスモデルを確立できるのか、期待をもって注目したい。
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