池袋ヨドバシ出店についての雑感

2008年12月の池袋駅東口の風景

筆者は、家電量販業界誌に携わる中で、家電量販店以外の流通が家電量販店を下に見る発言を耳にして、苦々しく思うことが少なくなかった。確かに家電量販店と言えば、安売り屋という印象が強く、優越的地位の濫用やヘルパー問題、過度なリベート要求など、不祥事も少なくなかった。しかし、不当な要求や悪事ばかりしているなら、国内家電販売の6割以上のシェアを占めるまでに発展することはありえない。消費者に支持され、またメーカーの協力がなければ、家電量販店という業態の飛躍的な成長はなかったことも事実だ。問題が多かった時期があったからこそ、各社に向けられる行政の目も厳しく、今生き残っている企業の多くはコンプライアンスを重視している。リベートについても、家電量販店の要求だけでなく、メーカーが家電量販店を巧みに飼いならしてきた面もあるだろう。

さて、西武・そごうが、米・不動産投資ファンド運用会社フォートレス・インベストメント・グループに売却され、ヨドバシカメラが池袋、渋谷、千葉の百貨店に出店する意向が伝えられると、やはり家電量販店に対する偏見ともいえる発言が流通関係者、特に百貨店関係者から出てくる。西武ホールディングス(HD)の後藤高志社長は「池袋が家電量販店の激戦区になるイメージが先行するのは好ましくない。百貨店の文化的な側面を大切にしたい」(日経新聞 2022年11月29日)と発言。豊島区長だった故・高野之夫氏とともに、「文化の発信地として育ててきた池袋」が壊されかねないと危惧をあらわにした。

そして今度は、元西武百貨店社長の水野誠一氏が週刊朝日で次のように語っている。

私はヨドバシカメラを否定しているわけではありません。大阪の梅田では複合商業施設を運営していますし、必需品を中心にネット販売も大いに結構だと思います。配送態勢がしっかりしていて便利ですから私も時々利用しています。

 ただ、百貨店の役割と意味をどれほど理解しているのでしょうか。百貨店はお客様にじっくりと商品を試していただき、店員と商品にまつわる会話を楽しんでいただき、豊かな気分でお買い上げいただく。そうしたプロセスを楽しんでいただく場所です。物質的な充足を得る文明的消費ではなく、心の豊かさにつながる文化的消費を提供するのが役割で、売り方なども含めたクオリティーが問われます。つまり存在意義が異なるのです。

中略

また、同じモノを売ればおのずから価格競争に陥ってしまいます。デフレが続いた日本で安いものが売れるのはわかりますが、他方では質の高い商品を求める人は確実にいます。明確な「ワケ」と「ナットク」があれば高くても買ってくれる顧客です。これは家電量販店とは完全に異なる風景です。

西武池袋「ヨドバシ」出店 元社長が語る“三つのハードル”「ありえないと思う」〈週刊朝日〉 より抜粋

そして3月30日には、西武・そごう売却延期という報道が出た。

地元の事業者や地権者である西武ホールディングスから慎重な検討を求める意見があがっていて難航。労働組合側も売却は会社に損失を与えるとして、セブン&アイの取締役の責任を問う訴訟を準備していると明らかにした。

「3月中の実行難しくなった」 そごう・西武の売却“再延期”で予定日は示されず… ヨドバシ池袋出店めぐり調整難航(TBS NEWS DIG)

さらに7月に入って、そごう・西武労組がストを検討、ヨドバシが低層階への出店を一部断念するという報道も出ている。

ヨドバシ、西武池袋の低層階出店を一部断念 反発に配慮 (日経新聞  2023年7月11日)

百貨店は文化の発信地というが、百貨店の経営が厳しい状況であることは周知の事実。駅前の人流を生かした百貨店は、2000年以降縮小を続け、撤退した百貨店の跡地に、家電量販店が出店するケースが多かった。駅前の主役交代は、なにも池袋が特別というわけではないそ。そもそも百貨店は大衆向けの流通業態ではなくなっている。売上の多くを外商部(上得意客に対する外売り)が支えており、さらには売上の大半をごく限られた上得意の富裕層客が支えているという特殊な業態。駅前の人流とは関係なく、駅前一等地で高級感を演出することでブランド力を高めており、一般客にとっては、総菜やスイーツ、化粧品などを除けば、プレゼントや引き出物などを買う「ハレ」の場である。

「あの商品をいつか持てるようになりたい」、そんな上昇志向があった高度成長期は百貨店の黄金時代と言えた。そもそも総合小売店が少なかった時代、庶民にとって百貨店は間違いなく情報の最先端だった。しかし、バブルを経て、上昇志向が薄れた2000年以降、百貨店の存在意義は急速に薄れ、一部の富裕層相手のビジネスへと移っていった。「文化の発信地」という言葉自体がバブル以前の遺物といえるものだ。

「じっくりと商品を試していただき、店員と商品にまつわる会話を楽しんでいただき、豊かな気分でお買い上げいただく。そうしたプロセスを楽しんでいただく場所」と百貨店を定義しているが、これは接客販売が中心の家電量販店にこそ当てはまる。しかも、百貨店と異なり、家電量販店はあらゆる客層に対応する商品をラインアップしている。かつてのバッタ屋とは違い、家電を購入するメインチャネルとして機能している。

百貨店“文化”は特別なのか

百貨店を百貨店たらしめ、「ハレ」の場としての地位を支えてきた商習慣が「消化仕入れ」だ。

その前に一般的な流通の構造をおさらいしておこう。メーカーや卸から購入した商品を、流通は消費者に販売する。卸値と販売価格の差が流通にととっての利益だ。その利益分は、流通が提供する付加価値であり、「商品選び」「品揃え」や「接客」などにより生まれる。とはいえ、販売時の差額がまるまる利益になるわけではなく、売れ残った在庫の処分、消費期限を過ぎた商品の廃棄ロスなどで削られる。消費者の望む商品を幅広く品揃えしつつ、ロスを最小限にするべく仕入れや価格設定の精度を高めることが欠かせない。

「ネット通販は人件費や地代家賃、広告費がかからない分安い」といった論調も見られるが、リアル店舗を多数展開する流通の努力は軽視してはならないものだ。必要な時に必要な商品をいつでも買えるという「インフラ」は、流通の努力と知恵の結晶によって支えられている。そのインフラを支えるコスト分を、流通は大量仕入れによってカバーしている。先の「ネット通販はコストがかからないから安い」といった単純な構図ではないのだ。

さて、百貨店の「消化仕入れ」は一般的な流通の仕入れとは異なる。店舗に置かれている在庫は、仕入れ代金を支払って確保したものではなく、仕入れ先の在庫という扱いになっている。そしてお客様が購入した段階で、はじめて百貨店の在庫として計上される。お客様から受け取った代金から仕入金額を仕入れ先に支払うという仕組みだ。つまり、売れようが売れまいが、百貨店に在庫リスクはない。在庫リスクがないので年に数個しか売れないような超高額品でも(仕入れ先がOKを出せば)店頭に展開できる。駅前の好立地を背景に、有利な取引条件で、在庫管理リスクを最小限にする「箱もの」ビジネスというのが百貨店の実態だ。それでいて、店頭では高い価格を維持しつつ、上得意客に特別価格で高級品を販売する「外商」が売上の中心。店によっては売上の半分以上を「外商」で稼ぐとも言われる。

西武池袋本店の2022年度の売上高は、1768億円と日本全国で3位というが、そごう・西武自体は経営不振が続く。そごうは2000年に経営破綻、西武百貨店も2003年に私的整理となっており、両社が経営統合して2006年にセブン&アイHDの傘下となった。しかし、その後18店舗を閉鎖したものの、最終赤字が続いている状況。新型コロナによるインバウンド需要の落ち込みが影響したとはいえ、不振は一過性のものではなく、立て直しのめどが立っていない。セブン&アイHD自体もコンビニ事業以外は苦戦しており、お荷物となっているそごう・西武を早期に売却し、経営資源を稼げる事業に集中させることを迫られている状況だ。

ヨドバシは家電の百貨店

カメラ量販店も、総ての商品というわけではないが、百貨店と同じような「消化仕入れ」を採用している。カメラ量販という名前のとおり、ヨドバシカメラやビックカメラはもともとはカメラ販売店。カメラも高級機種やレンズなどは、非常に高額で販売数量が少ない。しかし専門店として、品揃えとして欠かせないものでもある。そこでカメラ流通では、カメラメーカーの協力の元、百貨店と同様に「仕入れ消化」を採用していた。家電が主力になった現在もカメラ量販店には消化仕入れが残っており、人の多い駅前立地という特性もあいまって、非常に高い商品回転率を実現している。消化仕入があるからこそ、ニッチな高額商品を店頭に並べることができる。郊外店では不可能な圧倒的な品揃えはカメラ量販店の大きな強みだ。

仕入形態やとがった品揃えなど、カメラ量販店は、まさに家電の百貨店と言える。バーミキュラのフライパンやライスポット、あるいは有名デザイナーによる高級照明、販路を絞っている美容機器など、ヨドバシカメラの旗艦店には、一般的な家電量販店にはない品揃えが多くみられる。仕入れ先との交渉は確かにシビアだが、圧倒的な集客力と販売力で、取引業者にとってもメリットが大きいのがヨドバシカメラだ。百貨店に比べて「品がない」商売ではない。

そもそも、単なる「安売り屋」という見方は10~20年前の古い認識だ。現在では家電量販店も淘汰が進み、プレーヤーが減った。業界首位のヤマダHDは、住宅やリフォーム、電気自動車といった非家電事業に注力しており、極端な価格競争を避けている。そのため、業界全体として価格競争が落ち着いているのがここ何年もの家電流通市場だ。そもそも、今の時代、安くしたからといって数が売れるわけではない。古い認識で家電量販店を「安売り屋」と見下す風潮は、百貨店らしいと言えば百貨店らしいが、筆者としては納得できないところだ。

そもそも、区長や西武従業員からの「池袋にヨドバシカメラはいらない」という声は大きいが、地元住民や池袋利用客の声があまり聞こえてこないのも不思議だ。かつては、住宅地にドン・キホーテが出店する際に、「地域の風紀が乱れる」「深夜に駐車場で若者が騒ぐなど、生活が脅かされる」などの地元民の反対運動が起きた。しかし、ヨドバシカメラの池袋出店に関してはそのような声はあまり聞かれない。実際には、反対意見も賛成意見も両方あるはずだし、池袋利用者の反対意見があまりに大きいようであれば、ヨドバシカメラだって高いコストをかけて出店しないだろう。

ブランド力という点でもヨドバシカメラは評価が高い。国内はもとより、外国人観光客にとってもヨドバシカメラの新宿、秋葉原、梅田などの旗艦店は人気のスポット。かつて筆者が中国の家電量販企業の旗艦店店長向け研修を請け負った際にも、関心が高く、多くの質問があったのはヨドバシカメラの旗艦店についてだった。欧米や中国の家電量販店とも違う、世界に類を見ない、面白くて魅力的な店舗がヨドバシカメラだ。海外により優れた店舗がある百貨店よりも、海外旅行客のヨドバシカメラへの関心は断然高い。

結局のところ、「この店はしっかり稼いでいるのだから雇用を守れ」という西武池袋の従業員、「高級ブランドショップは街の顔だ」という古い価値観の政治家、そして「長年池袋を本拠地としてきたビックカメラを守れ」という利害関係者の声が大きい印象だ(ヤマダとは戦えるが、ヨドバシカメラが相手となるとかなり厳しい戦いとなる)。売却を決めたのはセブン&アイHDであり、ヨドバシカメラはあくまでテナント出店する立場に過ぎない。なんの落ち度もないのに「悪者」扱いされるヨドバシカメラは本当に気の毒としか言いようがない。これが池袋という街の難しさなのだろうか。

主要ターミナル駅でありながら家賃が比較的安く新華僑のチャイナタウンが形成され、アニメや漫画のオタクの街としての立場を秋葉原から奪いつつある池袋。2009年には三越池袋店が閉店しその後ヤマダの「LABI1日本総本店池袋」となり、2010年には池袋東口駅前のカメラ量販「さくらや」がドン・キホーテとなり、2021年には東急ハンズの大型店が閉店しその後ニトリとなるなど、商業施設の入れ替わりも多い。雑然としてたくましいところが池袋の魅力だと思うが、駅直結の場所は百貨店の高級ブランドショップでないと「今まで築き上げてきた文化のまちの土壌が喪失する」(故・高野之夫 豊島区長)という。本当に不思議だ。いずれにせよ、法律や条令、地元住民の意向、さらには企業の経営とはまったく関係のないロジックで、出店可否が議論されるのはおかしな話だ。これが駅前立地ビジネスの難しさと言えるかもしれない。

補足:

今回は雑感なのでつらつらと思うところを書いたので、いわば愚痴のような内容となっている。ちなみに筆者は池袋の文化の発信地としての側面を否定するつもりはない。もともとロゴデザインやグラフィックデザインに関心があり、セゾングループのクリエイティブディレクターとして活躍し、無印良品、セゾンカード、LOFTのロゴタイプや西武百貨店の包装紙をデザインした田中一光氏のファンでもある。池袋は田中一光氏がデザイン力を発揮した象徴的な場所の一つでもあるが、池袋のブランド力について、高級ショップや百貨店ばかり論じられるのは違和感しかない。公益社団法人日本印刷技術協会に、田中一光氏の以下のような言葉が紹介されているが、街のデザインも同様だろう。

「私のデザインの基本的な考え方は、企業とデザイナー、社会とデザイナーという双方向のチャンネルを常に確保しておくという点である。クライアントとの関係だけでデザインするだけでなく、消費者や観客の立場でデザインする。常にその三角形を意識しながらそれぞれを頻繁に往復することで、デザイン本来の姿に戻れると思っている」

田中一光 華麗なる裏方(前編) デザイナー、クライアント、消費者の三角形を意識 (公益社団法人日本印刷技術協会)

研究所長 川添 聡志

株式会社流通ビジネス研究所 所長 雑誌および書籍の編集者として出版業界に携わる。家電量販店向け業界誌『月刊IT&家電ビジネス』編集長を務めた後、家電量販企業に転職。営業企画やWebを含めた販促などを担当し、その後流通コンサルタントとして独立。ケーズデンキ創業者・加藤馨氏および経営を引き継いだ加藤修一氏の「創業精神」を後世に伝えるため、株式会社加藤馨経営研究所の設立に携わり研究所所長に就任。その後、ケーズデンキに限定せず、幅広く流通市場を調査研究するため、2022年1月からコンサルティング会社「株式会社流通ビジネス研究所」を設立し、同年4月より活動拠点を新会社に移行

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