「わかりやすさ」こそトップの自信

BSフジ「プライムニュースに出演したときの加藤修一氏(2012年8月23日)

加藤馨氏の出演した「モーニングショー 宮尾すすむのああ日本の社長」(テレビ朝日 1986年12月3日放送)。あるいは加藤修一氏の出演した「プライムニュース」(BSフジ 2012年8月23日放送)などを見ていると気づくことがあります。それは、ビジネスや経営に詳しくない、それこそ小学生でも誰でも理解できるような平易な言葉で常に語っているということです。

たとえば加藤馨氏。「がんばらない=能率を上げる」の記事でその発言をピックアップしています。

宮尾「商売というのはどうすれば儲かるんですかね」
会長「信条として、『品質が良い』『値が安い』『サービスが良い』という3つの目標を実行してきています。そういうことを誠実に実行することが、まあお客さんの信頼につながるんです」
宮尾「しかし、ある程度の利益がないと、会社の成長というのもない」
会長「利益は『能率』の中にあるんです。事業の利益というのは」
宮尾「能率を上げるためにはどうしますか?」
会長「当社の場合、各人が自分が受け持っている仕事を、この会社の中で一番自分が上手によくできる人間になるんだという信念ですね」

「宮尾すすむの ああ日本の社長」(テレビ朝日)より ※言い回しは多少手直ししています
カトーデンキ店内で笑顔で話す加藤馨氏
カトーデンキ店内で笑顔で話す加藤馨氏(1986年12月3日放送 テレビ朝日「モーニングショー」内、宮尾すすむのああ日本の社長」に出演したとき)

「ああ日本の社長」というバラエティ色の強い番組ですが、加藤馨氏の語り口は普段どおりです。ごく自然に自身の考えを語っています。気負いやてらいは一切見られず、自分の考えをわかりやすく相手に伝えようとする姿勢が目立ちます。

加藤修一氏も同様です。「プライムニュース」の番組冒頭で、ケーズデンキの店舗では、音楽も静かで、販売員がしつこく背後につきまとってガンガン売り込みするような姿勢がないことを問われて、以下のように答えています。

(番組冒頭に識者が説明)静かで落ち着いていて、店員さんが売らんかなの背後霊のようにずっとくっついてくるような、ガンガン売るぞみたいな雰囲気がまるでないのが新鮮というか、印象的でした。
司会 加藤さん、まずお店の雰囲気について伺いたい、どうしてこういうふうに?
加藤 若い頃は多少はがんばったような気がするんですよね。二十歳代のころはやはり若いですからいろいろがんばるわけですよね。でも、その中で頑張りってのは続かないなって気づいてくるわけです。そしてやっぱりこれはマラソンとかスポーツと同じで自分の持つ力をうまく配分していくことが、その間の中で最大の実績を残すことだというふうに気がついたわけですよね。
司会 その雰囲気を実際のお店にもという感じ?
加藤 売場の場合はですね、会社の都合でお客さんにアピールするんじゃなくて、お客さんの言っていることをよく聞いてお客さんのためになるようにすれば、どこかでお客さんが儲けさせてくれるんであって、儲けようというところから入っちゃうと押しつけになっちゃうんですよね。

BSフジ「プライムニュース」2012年8月23日放送 より

また、「がんばらない」ための施策の一つとして何百通り以上のバリエーションがある勤務シフトについて問われ、以下のように答えています。

加藤 私としては社員の残業を減らしたいという話がありますね。お店としては10時から21時まで営業している。当然、早番遅番となる。そうすると、お店は一番ひまな時間に一番社員が(多く)いる状態になっちゃうんですよ、通常の早番遅番で処理したら。だから、そうじゃなくて中を抜くとか、勤務時間をある程度組み合わせるとかして、ひまな時は少ない社員で、忙しい時は多くの社員で働くようにしなければ、残業を減らしていくことは不可能だということで、そんなふうにしたらどうだとは言いました。
で、5~6通りのパターンができるのかなと思って、何年か経って気がついたら何百通りと言われてびっくりしているんですけどね。
考え方だけは示しましたけども、そのあとは全然携わっていないので、今日初めて(勤務シフトの表を)見ています。
識者 個々の従業員の人たちのいろいろな生活のパターンがあるじゃないですか、そういうのを聞き入れながら作っていくから数が増えていくということですか
加藤 そうですね。それは人事とお店と、営業の人が考えていることで私の範疇ではない。私の知ったことではないけども(笑)、まあ工夫はした方がいいだろうとは言ったんですね。
(中略)
加藤 結局、そういう方向までみんなでみんなで考えて決まっているんであれば、それ以上私らには関係ない、現場の人がやった方がいいわけですよね。

BSフジ「プライムニュース」12年8月23日放送 より
BSフジ「プライムニュースに出演したときの加藤修一氏(2012年8月23日)
残業やノルマがない「がんばらない経営」について質問を受ける加藤修一氏
(2012年8月23日放送 BSフジ「プライムニュース」に出演)

「残業なし」に続いて、「ノルマ不要」について質問され、加藤修一氏は以下のように説明しています。

司会 ノルマ不要は、働く方としてはうれしいんですが、こんな感じでいいかって割と適当な感じになったりしないんですか。
加藤 そうみんな不安に思いますけども、社員というのはたぶんね、仕事が面白かったら勝手にどんどんやるんだと思いますよね。で、人に言われてやるというのは結構大変なんですよね。子供さんがいてね、母親から勉強しろ勉強しろと言われると、本当はやる気あるんだけど、なんとなく言われてやったというのは価値がなくて、やりたくなくなってしまうっていうことありませんか。
司会 あります、今やろうと思ったのにって(笑)
加藤 ところがそんな要求受けなければ、面白さを与えておけば社員は自らやると思うんですよね。だからサボる心配はないと思います。
司会 でも、サボる人が出てきたらどうする?
加藤 みんながちゃんとやってるとね、サボる人はその会社にいずらくなって辞めていくんじゃないですかね。ぶら下がっているだけというのが目立っちゃえば。

BSフジ「プライムニュース」12年8月23日放送 より

長く引用しましたが、難しい言葉や難解な理論はまったくありません。誰でも話していることが理解できます。そして、加藤馨氏、加藤修一氏、ふたりの考え方の根底が同じということもわかります。

経営者、あるいは経営幹部は、立場に見合った自分の姿を演出するために、「特別感」を出そうとしがちです。会社の説明資料やホームページで腕組みをした写真を掲載したり、あるいはカタカナ語やマーケティングの専門用語などを駆使して難しそうな話をしたりする人もいます。一例を挙げるなら、ここ最近注目され始めた「ES(従業員満足度)向上」という言葉。それよりも、両加藤氏が話す「従業員を大切にする経営」のほうが誰でも理解できますし、伝わります。そもそも、ESという言葉が出るよりもはるか昔から、加藤馨氏は加藤電機商会の頃からすでに「人を大切に」してきました。言葉よりも実行が重要であり、しかも高い実績を出してきたのです。

トップが、社員が理解できない、伝わらない話をいくらしても、社内のモチベーションは高まりません。また、トップや幹部が現場の細かいところまで自分が一番理解していると話していれば、下の人間は何も意見を言えなくなります。結果、上司の顔色ばかり気にする指示待ち人間ばかりになるのです。加藤修一氏は、番組中で現場のことを問われて「知りません」と平気で答えます。自分の考え方は示しているから、現場の細かいことは知らなくても問題ない、自分が細かく指示するよりも現場が実情にあわせて決める方がうまくいく‥‥こう考えているからこそ、トップとして自信を持って「知りません」と言えるのです。「特別感」を出すために自分を大きく見せる経営者とは、大きな違いです。

人間というのは、他者とかかわる中で「自分の方が優れている」「自分の方が経験豊富だ」「自分が一番会社のことを考えている」など、優位性を出そうとしがちです。いわゆる「マウンティング」です。ここに肩書や権威が加われば、ハラスメントになりかねません。自分を大きく強く見せたいからこそ、難しそうな話をして、自分が優れていると主張するのです。しかし、周囲が理解できないような難しい話をするというのは、裏を返せば中身がないということです。中身がないからこそ、難しそうな言葉や難解な経営理論を引っ張り出して、自分の考えをきらびやかに飾り立てるのです。

そもそも、社員が理解できないような難しい話をトップがしていて、話を聞いた社員が行動に反映できるはずがありません。満たされるのは「俺はすごいだろ」というトップの自尊心のみです。話を聞く時間すらも無駄ですし、非生産的です。

これに対し、加藤修一氏はみんなが無理なく、楽しく働けるようにすることがトップの役割と考えています。自分を大きく見せる必要もなく、卑下することもなく自然体です。加藤修一氏は、「がんばらない経営」を取り上げるテレビ番組に出演する際に、事前になにも用意せずに臨んでいたそうです。自分の考え方を話すだけだから準備は要らない、聞かれたことに答えるだけとのこと。これこそがトップとして考え方がぶれない「自信」なのでしょう。自分の考えがしっかりまとまっているからこそ、誰にでも理解してもらえるように、いくらでもかみくだいて話ができるのです。

経営者や経営幹部に限らず、店長をはじめ部下を持つマネジメント職の人は、コミュニケーションにしっかり気を配るべきです。自分を偉く見せることは能力が無くても肩書があればできます。しかし、自分一人の自尊心は満たされても、会社の業績があがるわけではありません。それよりも部下が理解し行動できるようにわかりやすく考えを伝えることのほうが、マネジメントとしての能力が求められますし、結果的に組織はうまく動き、会社の業績も上がります。

加藤馨氏、加藤修一氏は、話す言葉が簡単だからとって、能力が低いわけではありません。二人の実績がそのことを示しています。経営者やマネジメントの立場の人には、ぜひ二人が話す映像を見て学んでほしいと思います。

研究所長 川添 聡志

株式会社流通ビジネス研究所 所長 雑誌および書籍の編集者として出版業界に携わる。家電量販店向け業界誌『月刊IT&家電ビジネス』編集長を務めた後、家電量販企業に転職。営業企画やWebを含めた販促などを担当し、その後流通コンサルタントとして独立。ケーズデンキ創業者・加藤馨氏および経営を引き継いだ加藤修一氏の「創業精神」を後世に伝えるため、株式会社加藤馨経営研究所の設立に携わり研究所所長に就任。その後、ケーズデンキに限定せず、幅広く流通市場を調査研究するため、2022年1月からコンサルティング会社「株式会社流通ビジネス研究所」を設立し、同年4月より活動拠点を新会社に移行

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