※本記事は「株式会社加藤馨経営研究所」サイトにて執筆・公開した記事です。
私が「月刊IT&家電ビジネス」の記者だったころ、加藤修一氏に何度もインタビューさせてもらいました。いつ話を伺っても、たとえば特需や不況で市場環境が大きく変わっても、加藤氏の発言はぶれることがありませんでした。リーマンショック、その後の家電エコポイントやデジタル放送完全移行に伴うテレビ特需、そして大きすぎた特需の反動。リフォームの強化、健康家電の強化など、市場の状況変化に合わせて新たな施策を得意気に話す会社が多い中、加藤氏の「ぶれない」姿勢は際立っていました。
わかりやすく説明すると、目先の市場変化に目を奪われがちな会社に対し、もっと長いスパンで市場を見て「自社のビジネスに本当に必要なのか」「商売として正しいのか」を見極める姿勢が明確だったと言えます。競合他社が近視眼で、判断力や能力が低かったというわけではありません。しかし、どうしても市場変化をキャッチするべくアンテナを張っていると、新しいことをしないとジリ貧になるという危機感を抱きやすいのです。
新しい試みというのは経営者にとって魅力的なものです。誰も取り組んでいない、競合よりもいち早く成功する——このような冒険者精神は、大きな企業のトップならだれでも持っているものです。もっとも、功を奏するときもあれば、経営にダメージを与える時もありますが。
社内で新規事業の企画を出す際にも、目に見える市場環境の変化は「説得しやすい」材料になります。既存市場は成長が頭打ち、新規事業を業績を伸ばす柱にする、このような分野がメディアで注目されている、競合がやろうとしている、コストダウンにつながる——反対意見が出にくい根拠となります。しかし、加藤氏のような 「自社のビジネスに本当に必要なのか」「商売として正しいのか」 という視点が欠けてしまうと、結局は「多数決」「市場迎合的」な経営判断となり、自社ならではの経営姿勢から外れてしまうことにもなりかねません。
たとえば「お客様の囲い込み」も、流通企業ならどこでも注力するテーマです。「お得意様特別招待会」などのイベントを繁忙期前に実施する、あるいはポイントプログラムをベースにお客様情報を収集してDMなどで売り込みをかける——こんな販促手法も当たり前のように行われています。リーマンショック直前、2008年8月に加藤修一社長(当時)にインタビューしたときの取材原稿から、お客様の囲い込みに関する加藤氏の発言を紹介しましょう。
ケーズデンキが考えているのは、「お客様が望んでいることからは目をそらさないようにしよう」ということ。ところが、勘違いする会社が多い。一例として、お客様の誕生日に花を持ってきたらいいかといったらね、彼女が持ってきたらいいかも分からないけど、電気屋さんが持ってきたら鬱陶しいですよね(笑) そう思いません? 好きな人ならいいけど。
ただ、まあそういうのが好きな人も一部いるから、地域店の人がそうするのはいいけど。お客様が量販店に期待しているのは安さだから、そこから目を離しちゃダメ。安い上で、お客様が望んでいるサービスをちゃんとやらなくちゃいけない。僕はだから地域店もちゃんと育たなきゃまずいってずっと昔から言ってます。地域店も成り立って、量販店も成り立つ、両者は役割が違う。大病院と町のお医者さんの役割が違うのと同じです。昔の量販には、休日が少なくて、それでもこなせないくらいに業務があって店長が売り場に出ないところもあった。店長が売り場に出られない会社はダメ。つまり、店長が「違うこと」ばかりやっている。何が売れ行きがいいか分析ばかりして。その結果なにか行動するんだったら、分析しないで行動しなさいと話している。テレビが売れ行き悪いんだったら、テレビで対策を打つんだったら、悪いと思って対策を打てばいいわけで、分析する必要はない。分析に忙しくて、対策を打つ時間がありませんというのが一番まずい。
当社が店長に望むことは、お客様に「またケーズデンキで買いたい」と思ってもらえるようにしようということと、社員がやる気になるようしましょうということだけ。簡単ですよね。
2008年8月取材テープ起こし原稿より
話を聞くタイミングや市場環境によって、表現こそ多少異なっていても、「お客様は自由であるべき」「社員のやる気を引き出す」という加藤氏の考え方には少しもぶれがありません。売上は、マーケティングや販促のテクニックで伸ばすものではなく、顧客接点である販売現場がお客様の買物に対し、真摯かつ親切に向き合うことで伸びるもの。真理だからこそ、市場環境が変化したからといってコロコロ変わる考えではないのです。そのためにも、本社は、販売現場が無理せず、楽しく仕事ができる環境づくりに注力しないといけないと加藤氏は語ります。
規模拡大とともに強くなる本社
しかし、流通企業というのは、規模が大きくなると、本社主導で施策を販売現場に落とし込む傾向が強くなります。よりローコストオペレーションの精度を上げ、利益率を向上させるために、販売現場はこう動かなければならない、この目標を達成しましょう、これをしてはいけない——ルールをいくつも定めるようになります。多数の店舗を運営管理する上で必要なルールももちろんあります。しかし、本社の指示だけで動く販売現場は、「不可」ではなく「可」をとれたとしても、「優」「良」はとれません。結局は、販売現場の「社員がやる気になる」こと以上に、生産性を上げる手法はないのです。加藤氏は「簡単ですよね」と話しますが、会社が大きくなればなるほど簡単ではなくなります。
昔ある量販企業の店長を取材していた時の話です。本社の的外れな指示を無視して現場で力を発揮していた店長が、本社営業部に配属されたとたんに姿勢が変ってしまい、「あいつも昔はあんな奴じゃなかったのに、しっかり本社ナイズドされちまって‥‥」と嘆く言葉を聞かされたことがあります。本社に行った店長は、自ら「こうあるべきだ」と考えて変ったのではないでしょう。本社に異動して、本社の評価基準で物事を判断し行動することを求められ、かつてとは違う「本社らしい」人間になったのだと思われます。
多数店舗を取りまとめる本社はどうしても、一つひとつの店舗から見れば「お上(おかみ)」という存在です。「お上」である本社が「社員がやる気になるよう」に支援するためには、正しい考え方と努力が欠かせません。先の加藤氏の発言は、うまく行く方法をシンプルに語ったものです。「店長が売り場に出られない会社はダメ。つまり、店長が『違うこと』ばかりやっている。何が売れ行きがいいか分析ばかりして。その結果なにか行動するんだったら、分析しないで行動しなさいと話している」という発言は、そのまま本社についてもいえます。現場を知っているだけでなく、現場を理解し、現場の意見にしっかり耳を傾け、現場の立場になって考え、意見を言えることが大切なのです。
現場に浸透する加藤氏の考え
根岸康雄 著「なぜこのチェーンストアは流行っているのか」(ディスカヴァー・トゥエンティワン 2011年9月発行)にケーズデンキが紹介されており、その中である店長が以下のように語っています。
店長の仕事はまず叱責しない、怒らないことです。上司にこうしろと言われたことをやって、お客さんにほめられても、販売員はなんとも思わないじゃないですか。でも自分からお客さんの気持ちになって接客をして、”ありがとう”と言葉をもらったら、”おっ!”って気になりますよね。店全体がそんな雰囲気になれば、接客が面白くなって、給料とは関係なく、販売員同士が売上高を競うようになったりします
根岸康雄 著「なぜこのチェーンストアは流行っているのか」(ディスカヴァー・トゥエンティワン 2011年9月発行)より
2011年の書籍ですが、加藤氏の考え方が、現場を預かる店長にもしっかり浸透していることがよく分かります。
お客様の立場に立って接客する、現場の立場になって本社が施策を考える——「従業員」「取引先」「お客様」「株主」の順番で大切にすることで実現する、ケーズデンキの「本当の親切」につながる考え方と言えるでしょう。考え方はシンプルでも、実行すること、徹底すること、継続することは難しい——だからこそケーズデンキの「がんばらない経営」は独自の経営思想として成功したのです。
コメント