大きな市場環境変化への対応

ベンチャークラブの記事

※本記事は「株式会社加藤馨経営研究所」サイトにて執筆・公開した記事です。

2021年度の市場見通し

家電業界は、コロナ禍においても業績が好調です。外出自粛に伴う“イエナカ”消費の拡大、1人当り10万円の特別定額給付金の支給といった社会的要因に加えて、2009年5月~2011年3月に実施された家電エコポイント特需の時期に購入した大物家電が一気に買い替え時期を迎えていることも追い風になっています。

家電販売の好調さに対し、メディアや証券会社のレポート等では、反動を危惧する声が少なくありません。筆者の個人的な印象を述べると、大物家電の販売が好調とはいえ、まだエコポイント特需下で購入した大型家電の買い替え需要をこなしきれているとは思えません。年度単位ではまだまだ追い風が続くと考えています。もちろん特別定額給付金の支給が家電購入につながったことの反動はあるでしょう。しかし、大きな反動とはならないと思います。

地上デジタル放送への移行および家電エコポイント実施は10年以上前です。大型家電の買い替えサイクルも約10年です。内閣府「消費動向調査」平成30(2018)年3月調査によると、家電の買い替え年数は以下の通りです。

  • 電気冷蔵庫  12.2年
       (買替え理由 上位品目11.6% 故障62.7% 住所変更7.4% その他18.3%)
  • 電気洗濯機  10.9年
       (買替え理由 上位品目 7.5% 故障77.7% 住所変更4.7% その他10.1%)
  • 電気掃除機   8.4年
       (買替え理由 上位品目28.3% 故障58.9% 住所変更2.7% その他10.1%)
  • ルームエアコン 13.6年
       (買替え理由 上位品目11.5% 故障69.1% 住所変更4.5% その他14.8%)
  • カラーテレビ  9.5年
       (買替え理由 上位品目20.4% 故障69.1% 住所変更3.3% その他 7.2%)

よく「十年ひと昔」と言いますが、大物家電の場合、10年は「1買い替えサイクル」に過ぎません。影響が消えるには何サイクルも必要です。また、大半の買い替え理由が「故障」という点も、積極的な買い替えは発生しにくいものの、安定的な買い替え需要が常に存在することを表しています。基本的に家電市場というのは、大きな変動がない安定的な需要の市場です。だからこそ、エコポイント特需のような半強制的な「前倒し需要」が発生すると長く影響が残るのです。これに比べれば、コロナ禍で発生した需要拡大の影響はかなり限定的でしょう。

2021年度は、月単位では反動が表れることもあるものの、年度トータルとしては決して悪くない需要と予測します(季節要因や大幅増税などは考慮していません)。ですので、目先の前年比の数字を追いかけてジタバタしてもあまり意味がないと筆者は考えます。ただし、まだまだ大物家電の買い替え需要は大きいものの、特に大きく需要が盛り上がるタイミングがあるわけではないため、お客様に選ばれる店と選ばれない店で、需要の取り込み具合には差がつきそうです。

消費不況下での増収増益

さて、コロナ禍に限らず、外部環境というのは追い風、向かい風と、想定していない大きな変化が生じることがあります。リーマンショックにともなう消費不況、あるいは消費増税、災害など。こういった外部環境の変化が、流通業界では業界再編のきっかけになる事が少なくありません。好況であれば、再編は先延ばしになり、不況に入れば経営の厳しい企業がM&Aせざるをえなくなります。

このような弱肉強食の世界で、上場時には競合他社に規模で大きく劣っていたケーズデンキが、どうして生き残り、さらには継続成長を実現できたのでしょうか? その参考になる記事を紹介します。「ベンチャークラブ」1998年4月号(東洋経済新報社)」に掲載されたインタビュー記事「ベンチャーを見る目 ケーズデンキ社長 加藤修一」です。

記事が書かれた1998年という時期について少し補足します。1991年のバブル崩壊からの「失われた20年」において、不況の影響が家計部門に影を落とすようになった節目が1998年と言われています(※参考 大和総研調査季報2013年春季号Vol.10「1998 年を節目とした 日本経済の変貌」)。消費意欲が大きく低下し、流通にとっては厳しい市場環境となりましたが、この時期もケーズデンキは増収増益を確保しています。ちなみに前年1997年に株式会社ケーズデンキに商号を変更しており、1991年の大規模小売店舗法の改正に続き、2000年6月には大規模小売店舗立地法が施行されるなど、店舗の大型化が加速していった時代でもあります。その中での加藤修一氏(当時・社長)の発言です。

――ベンチャー企業はこの消費不況をどうとらえたらよいでしょうか。

加藤 今回の消費不況は今までとは違い、時代の価値観の大きな変化が消費不振の背景にあります。このような時代の境目はベンチャー企業にとっては有利です。チャンスです。これまでどおりに物事が進むのなら、既存の大企業が有利ですが、それがそうではなくなってきています。
 そして不況というのは差をつけるチャンスです。好況時にはいいお店は当然売れますが、悪いお店にもいいお店でさばききれないお客さんがきて、そのおこぼれにあずかれます。ところが不況になると本当にいいお店しか売れません。そこで差がつく。

――売れる時代の売り方と売れない時代の売り方とはどう違いますか。

加藤 私はそういう考え方ではありません。例えば昨年まではパソコンが大変よく売れました。しかしその勢いで売れ続けたら、宇宙人にまで売らなければなりません(笑)。それを長く続くと考えて、それに合わせた体制を築いてはなりません。いずれ落ちるぞ、と考えてやることです。私の父(創業者、現名誉会長)は会社はゆっくり大きくせよと、私に言ったことがあります。駆けあがると必ず後はなだらかになると考えることです。(中略)

――ケーズデンキは昨年11月社名、ロゴを変更しました。この消費不況に今後どう立ち向かいますか。

加藤 時代に合ったお店に変えなければなりません。スクラップ&ビルドで、お店の規模の拡大を進めています。しかし、会社が大きくなると、例えば100のお店があり、10店のスクラップ&ビルドをやると、かなりやれたと思ってしまう。しかし、それは全体の10分の1にすぎません。つまり仕事に“速度”が必要になってきます。これからは余計なことはやらない。より経営をシンプルにしなければなりません
 最近のベンチャー企業を見ていると、少しうまくいくと、これもこれもと、事業を広げる人が多い。またうまくいくと、かさにかかってしまいます。 

「ベンチャークラブ」1998年4月号(東洋経済新報社)」より

いかがでしょうか。市場環境が悪い時こそ、いいお店が有利になり差がつく――至言です。以前紹介した「好況充実 不況拡大」に通じる発言です。2021年度の市場環境がもし悪くなったとしても、今の仕事が”正しい”ならジタバタする必要はないのです。また、会社の規模が大きくなると業務が複雑になりがちですが、加藤氏は逆に仕事をシンプルにしてスピードを上げるべきと指摘しています。これもまた、市場環境や業種業態を問わずに通用する真理です。

この記事が書かれたのは1998年ですが、ベンチャーブームで雑誌まで作られていました。今のベンチャーブームとよく似ています。ベンチャー企業についての加藤氏の発言は、現在のベンチャー企業もしっかり参考にすべきでしょう。

ベンチャークラブの記事
「ベンチャークラブ」1998年4月号の誌面。バブル崩壊後の消費不況が深刻化する中、今と同じように起業ブームが起きていた。

研究所長 川添 聡志

株式会社流通ビジネス研究所 所長 雑誌および書籍の編集者として出版業界に携わる。家電量販店向け業界誌『月刊IT&家電ビジネス』編集長を務めた後、家電量販企業に転職。営業企画やWebを含めた販促などを担当し、その後流通コンサルタントとして独立。ケーズデンキ創業者・加藤馨氏および経営を引き継いだ加藤修一氏の「創業精神」を後世に伝えるため、株式会社加藤馨経営研究所の設立に携わり研究所所長に就任。その後、ケーズデンキに限定せず、幅広く流通市場を調査研究するため、2022年1月からコンサルティング会社「株式会社流通ビジネス研究所」を設立し、同年4月より活動拠点を新会社に移行

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