加藤馨氏の「正しい人生」

社内報の表紙

※本記事は「株式会社加藤馨経営研究所」サイトにて執筆・公開した記事です。

1997年に開催されたカトーデンキ創業50周年の創業祭の席、加藤馨名誉会長(当時)が挨拶をした時の原稿が残されています。「50周年というと、なんだ50年かと考えがちですが、これはかなり長い期間で人生の大半に相当します」と語り、戦後創業した当時の経緯を話し、戦争という時代を「当時の日本国民はには国政に賛成する発言はできても、反対する発言はできませんでした。日本がアメリカと戦い始め、負けることが分かっていても、この戦争が間違っていると大声で言うことができない、そんな情けない時代でした」と振り返っています。

そして、馨氏自身が大切にしてきた信条に話は及びます。以下は、その抜粋です。

この50年の間に、私が絶えず考えてきたことは“正しい人生”ということです。人生は、「自分の就いている職業を通じて、社会のためになっているのだ」というしっかりとした誇りを持って生きていかなくてはいけないということです。そして、ものを判断するうえでは損得を考えず、すべて、どちらが正しいかということを判断基準にしてほしいものです。この基準が間違っていると社会的にも信用されませんし、事業としても発展しなくなると思います。
何が正しいかそうでないかをどうやって判断するのかというと、「すべての人間が私と同じようなことをしたら世の中は良くなるだろうか、カトーデンキは良くなるのだろうか」ということを考えてみることです。今、自分のやっていることがすべて良くなることだと考えたら、それはやらなければいけません。損得ではなく、世の中のためになるかどうかを考えれば決して判断を間違えることはないのです。

「1997 SUMMER ひろば NO.19」の「名誉会長挨拶」より ※太字は当研究所によるもの

「正しく生きる」というのは加藤馨氏がずっと信条にしてきた言葉です。1995年の社内報でも、「正しく生きることが人生を楽しくするコツ」と話しています。ちなみに1995年は、加藤馨氏が取締役会長を退き、名誉会長となった年です。

正しさは普遍の真理

加藤馨氏が指摘する正しく判断するための基準は明快です。「すべての人間が同じようなことをしたら世の中は良くなるか」「すべての社員が同じようにしたら会社は良くなるか」。そして、良くなるなら「やらなければならない」、「やったほうがいい」ではなく「やらなければならない」のです。

「正しくあれ」とは多くの人が口にします。しかし、いざ判断しようとすると、迷うものです。利益が増える、競合に勝てるなど、会社にとって良いことであっても、取引先にとっては負担、あるいは社会にとっては良くない場合もあります。例えば、取引先に対し自分の会社にだけ良い条件を持ってこさせる、あるいは売れ行きが今一つだからと、事前に決めた約束を破って仕入れを減らすなどは自社にメリットがあるでしょう。しかし、取引先には大きな迷惑をかけます。もし同じことを競合を含むすべての会社が行えば、業界そのものが疲弊し、最終的には消費者、そして国全体がおかしくなります。他を犠牲にして獲得する利益は正しい利益ではなく、最終的には自社の価値をおとしめ、凋落の道へと進むことになります。

筆者も家電業界に携わってきた中で、いろいろ見聞きしてきました。パソコン街でこの世の春を謳歌していた量販企業は、エスカレーター横へのポスター掲示をメーカーや書店に協賛金名目で強要していました。さらには書籍コーナーでは、書籍の内容ではなく、高額な場所代の支払いに応じて良い場所への展示を決めるなどしていました。一消費者として書籍を探しに行くと、欲しい本が見つからず、また良い本でも置かれていないことが少なくなく、とても使い勝手の悪い店になったものだといぶかしんだことを覚えています。

当時私は、専門書籍の出版社にいましたが、この量販企業の業績が落ち始めると、書籍営業部はそれまでの注力を急速に止めていきました。同じようなことが多くの取引先で行われていたのか、この量販企業はみるみる業績が悪化し、市場からの退出を余儀なくされました。自社のエゴで取引先に押し付けていた負担、買い手であるお客様を無視した自社の勝手な売り場づくりは、因果応報、必ず自社に降りかかってきます。これまでに積み上げた周囲の不満が、一気に倍以上になって押し返されてくるのです。苦しい時に手を差し伸べてもらえるか、それとも、ここぞとばかりに石を投げつけられるか、それまでの会社の経営姿勢で大きく変わってきます。

近江商人の言葉に「三方よし」(サンポウヨシ)という言葉があります。「売り手よし、買い手よし、世間よし」――加藤馨氏の言う「正しさ」と同じです。松下幸之助も「その日その日を大事にしていく商売、その日その日を大事にしていくところの仕事というものが積み重なってまいりますと、そこに一歩一歩の進歩というものが必ず積み上げられる。それがついに大きな仕事ともなり、大きな信用ともなり、またお得意先に喜んでもらえる立派な仕事ともなってくるんやないかという感じがいたします」と語っています(『人生と仕事について知っておいてほしいこと』PHP出版)。

「正しさ」は普遍の真理です。しかし、「正しさ」を日々の仕事の中で、会社全体として、そして一人ひとりが実行していくことは決して容易ではありません。加藤馨氏には揺るがない信念としての「正しさ」があり、常に「正しさ」という判断に基づいて行動していました。加藤修一氏もその「正しさ」をしっかり引き継ぎました。加藤馨氏が土台を築き、加藤修一氏が「がんばらない経営」として確立した創業精神は、「正しさ」という真理をしっかり実行していくことに他ならないのです。このことを忘れてしまうと、大切な創業精神は、表面上の文章は同じでも、中身が別物になってしまいます。

周辺電器店への気遣い

最後に、加藤馨氏の「正しさ」がよく解る文章を紹介しましょう。1998年11月に発行された茨城県電機商工組合 創立40周年の冊子で、トミナガハムセンター富永弘道氏による回想です(トミナガハムセンターは水戸市の電器店で、後にアマチュア無線に特化。現在は閉店しています)。

ご理解して戴けた「カトーデンキ」様(富永弘道)
 組合の指導を忠実に行い、生産性を上げる為、大量仕入れによる大量販売の、量販店に成長した「カトーデンキ」様に対し、支部員は「安売りのチラシは止めて下さい」「もっと高くして売って下さい」とお願いを致しました。加藤様は、「皆様に、ご迷惑が掛かる様でしたら」と価格を変えての商売をして下さり、「支部員様が、どうしても、チラシの価格でお売りになるなら、同じ物をお分けしましょう、但し、物によって利幅は無い場合もございます」と云って戴き、一部の支部員は、お譲り戴いて商売を行いました。
 この様に、何時も組合員を思っての、心温まる営業が、以前は有ったのですが現在は、知ることが出来ません。昔の思い出です。

自社の利益を追求するだけではなく、周囲の商店や困っている人たちにもしっかり目を配る。このような人柄があったからこそ、量販店となって組合を脱会してからも、多くの同業者から加藤馨氏は慕われ続けたのです。

茨城県電機商工組合を脱会する旨を通知したFAX。
量販店となってからも、かつての仲間である地域電器店との親交は続いた

研究所長 川添 聡志

株式会社流通ビジネス研究所 所長 雑誌および書籍の編集者として出版業界に携わる。家電量販店向け業界誌『月刊IT&家電ビジネス』編集長を務めた後、家電量販企業に転職。営業企画やWebを含めた販促などを担当し、その後流通コンサルタントとして独立。ケーズデンキ創業者・加藤馨氏および経営を引き継いだ加藤修一氏の「創業精神」を後世に伝えるため、株式会社加藤馨経営研究所の設立に携わり研究所所長に就任。その後、ケーズデンキに限定せず、幅広く流通市場を調査研究するため、2022年1月からコンサルティング会社「株式会社流通ビジネス研究所」を設立し、同年4月より活動拠点を新会社に移行

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