パナソニックが奨励金を削減へ

量販店のエアコン売場

2022年7月12日付けの日経新聞に「パナソニック、奨励金削減」という記事が掲載されています。

 パナソニックは6月、家電量販店の返品に応じる代わりに、販売奨励金を絞る取り組みを拡大すると明らかにした。
家電量販店は従来、家電メーカーから商品を大量に仕入れ、売れ行きや他社価格などに応じて、値下げすることで商品をさばいてきた。
 値下げの有力な原資になっていたのが販売奨励金だ。そこでパナソニックは販売奨励金を大幅に減らし販売期間を延ばすことで、新商品の発売前に「型落ち品」として安値でさばかれるのを防ぐ。販売期間は従来は1年程度が多かったが、2~3年以上に延ばす。

2022年7月12日 日経新聞「パナソニック、奨励金削減」より抜粋

本件については、6月13日に当研究所でも「パナソニックがメーカー指定価格商品を拡大へ」として取り上げています。日経新聞の記事も「パナソニック、家電値崩れ防止へ 販売店と取引見直し」 (日経新聞オンライン 関西 2022年6月3日)の続報と言った位置づけでしょう。

前回の日経新聞の記事では、メーカー指定価格商品を拡大する方針を主に取り上げていましたが、パナソニックの本当の狙いは「販売奨励金の削減」と「商品サイクルの長期化」にあります。これらを実現することで、メーカーとして家電事業の採算性を向上させることができるからです。そのあたりの背景は、すでに「パナソニックがメーカー指定価格商品を拡大へ」で解説していますが、今回の日経新聞の記事を見ても大きな見解のズレはありません。

今回の記事で注目されるのは、他メーカーの動きです。

日立グローバルライフソリューションズは「販売戦略は市場の変化や動向を見ながら検討・対応している」とする。中国・美的集団傘下の東芝ライフスタイルは「現時点で販売奨励金を絞る取り組みは実施も検討もしていない」との考えだ。

2022年7月12日 日経新聞「パナソニック、奨励金削減」より

日立は「注視」、東芝は「追随しない」とされています。もちろん、あくまで新聞社からの問い合わせに回答したものですから、両社の真意は分かりません。一つだけ言えるとすれば、国内メーカーである日立は、事業の採算性向上のため興味を持っていますが、中国・美的集団傘下としてシェア拡大を狙う東芝は、既存の商談をベースにするという違いです。東芝のブランド力をベースに日本での存在感を高めれば、美的集団としても自社ブランド商品の日本での販売量拡大を狙えます。既存の商習慣を壊すより、受け入れて量販店と協調路線をとるほうがメリットが大きいということでしょう。

ただし、販売奨励金をはじめとするリベートの抑制は、日立をはじめとする国内メーカーが安易に真似できる取り組みではありません。前回書いた記事では以下のように解説しました。

パナソニックのプレミアムモデルは、家電の顔ともいえる存在で、ブランド力があり、高くても売れる人気商品が多い。広告宣伝、系列地域店での販売力も段違いに強い。他メーカーが、メーカー指定価格だけを安易に真似てもうまくいかない可能性が高い。当初見込んだ販売数量を確保できなければ、なし崩し的に指定価格を見直すことにもなりかねないし、下手すれば「売れない高額商品」として、対象商品を店頭に置いてもらえなくなるリスクもある。

流通ビジネス研究所 2022年6月13日「パナソニックがメーカー指定価格商品を拡大へ

現時点では、「メーカー指定価格商品の拡大」なくして「販売奨励金の抑制」はできません。今回のパナソニックの取り組みが成功したからといって、他メーカーもうまくいくというものではありません。しかし、家電流通業界の商習慣として、量販企業が依存してきた「販売奨励金」は、パナソニックが抑制すれば、やはり業界全体にも徐々に波及していくでしょう。

猛暑で売れているエアコンも、いざ家電量販店の売場に行けば、接客するのはメーカーヘルパーばかりです。量販企業は、メーカーに対し販売員の派遣を要請していないと言いますが(優越的地位の濫用になりかねない)、現実には人件費の面で支援を受けているようなものです。季節により来店客数が大きく変動する家電量販店にとって、繁忙期の人出不足を埋めてくれるのがメーカーから派遣されるヘルパーです。大型店ほどその傾向は顕著です。

量販の収益を支えるエアコン、冷蔵庫、洗濯機、オーブンレンジ、テレビといった大型家電は特にヘルパー依存が強い売場です。家電量販店の顔であり収益源であるこれらの商品が、販売奨励金やヘルパー派遣で支えられているというのは奇妙な話です。中国の家電量販店では、「店中店」といって、メーカーが量販店に場所代を払って店内に自社商品のブースを出し、販売員も自ら置いて自社製品を販売するスタイルが多く見られますが、日本も実態としては似ていると言えます。

市場において競争は必要です。しかし、家電量販店だけが優遇されて、それ以外の地域店や百貨店などを不当に排除するような商習慣は正されるべきでしょう。一方で、筆者としては「メーカー指定価格」も決して消費者のためにはならないと考えます。パナソニックは、メーカー指定価格商品を展開する一方で、割安感を出すためにキャッシュバックキャンペーンを実施しています。メーカーの一存で、量販店も、ネット販売も、地域店も同じように値引きする――なんとも異様な光景です。消費者は、商品購入後にパナソニックに応募して何か月後かに「郵便為替」やセブン銀行「ATM受取」で受け取る――購入時に予算を組みにくいですし、そもそも面倒です。セールをメーカー主導でしか行えないこと自体、違和感があります。

筆者としては、早すぎる商品サイクルや過剰な販売支援を見直した上で、流通が経営努力に基づいた正当な価格競争をできるようになってほしいと考えます。悪しき習慣は正した上で、メーカーと流通が協力しながら市場活性化に取り組んでいくことが、少子高齢化により需要が頭打ちな日本の市場で大切でしょう。今回のパナソニックの改革が、そのきっかけになることを期待します。

研究所長 川添 聡志

株式会社流通ビジネス研究所 所長 雑誌および書籍の編集者として出版業界に携わる。家電量販店向け業界誌『月刊IT&家電ビジネス』編集長を務めた後、家電量販企業に転職。営業企画やWebを含めた販促などを担当し、その後流通コンサルタントとして独立。ケーズデンキ創業者・加藤馨氏および経営を引き継いだ加藤修一氏の「創業精神」を後世に伝えるため、株式会社加藤馨経営研究所の設立に携わり研究所所長に就任。その後、ケーズデンキに限定せず、幅広く流通市場を調査研究するため、2022年1月からコンサルティング会社「株式会社流通ビジネス研究所」を設立し、同年4月より活動拠点を新会社に移行

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