「生産性向上」の考えを引き継ぐ

1990年社内報の記事

※本記事は「株式会社加藤馨経営研究所」サイトにて執筆・公開した記事です。

加藤修一氏が、創業者・加藤馨氏からカトーデンキ(現ケーズHD)社長の座を任されたのは1982(昭和57)年。3月20日の朝に事務所に顔を出すと、加藤馨氏に「明日からお前が社長をやりなさい」と切り出されます。この時、加藤馨氏は64歳、加藤修一氏は35歳。いずれは引き継ぐものと心の準備はできていたので「はい、わかりました」と即答したそうです。

経営を引き継ぐのは簡単な事ではありません。創業家の息子で、父親の仕事ぶりを見てきたからといって、同じだけの経営の能力があるとは限りません。社長が交代したとたんに、経営方針が大きく変わってしまうこともあります。逆に先代社長の影響力が強く、実際には社長に権限が委譲されないというケースもあります。親子、兄弟といった創業家の内紛は昔から多く、つい最近も大手家具店における創業家親子の対立が大きな話題となりました。

カトーデンキの場合、当時専務だった加藤修一氏は35歳とまだ若く、「あんなに若い息子に譲って、会社は大丈夫なのか」と加藤馨氏にただす取引先もあったそうです。「社員の定年は60歳。社長だからといって、いつまでもやってはいけない」と加藤馨氏は後日語ったそうですが、加藤修一氏が加藤馨氏の考え方を正しく引き継ぎ、発展させたことにより、茨城の中堅量販だったカトーデンキは厳しい競争環境を勝ち抜き、家電量販業界を代表する企業の一つへと成長したのです。

そこで、今回は、1982年4月に開催されたカトーデンキ創業35周年記念式典での加藤修一氏の社長就任あいさつを紹介します(1990年ケーズデンキ社内報にも全文掲載されましたが、読みやすいよう表記を一部修正しています)。

 本日は、大変お忙しい所を、また遠方より、カトーデンキの創業35周年祭にお越しいただきまして、誠にありがとうございます。私は、ひと月前の3月21日より社長に就任いたしました。まだ経験が浅く、未熟者でございます。皆様がたのご指導とご協力をいただきまして、何とか頑張っていきたいと思っております。
 これまでのカトーデンキにつきましては、ただいま会長より説明させていただきましたので、私は、これからの考え方について述べさせていただきたいと思います。

 会社を発展させていくためには、大切にしなければならない三つの事があると思います。
 その一つは「お客様」であり、お客様なくてはどんな商売も成り立ちません。
 もう一つは「お取引先の皆様がた」でありまして、お互いの能率が上がってお互いに利益を上げていかなければ、取引は長く続かないと思います。また、お取引先の皆様がたからの色々な情報が、非常に私どもの役に立っております。
 さらにもう一つは「従業員」であります。カトーデンキがここまで成長できたのも、良い従業員に恵まれてきたからだと思います。今までも、このような考え方でやってきたわけですが、今後はさらにこの考え方を推し進めてまいりたいと思います。

 また、具体的な面におきましては、より早く、敏感に、お客様のニーズを感じとり、それをいち早く商品およびサービス面に反映させていきたいと思います。そして、今年の9月の決算では、目標の25億円を達成し、さらに3年後には50億円を目標としております。

 現在の当社の労働生産性は、約80万円ですが、これをなるべく早く100万円にしたいと言うのが、私の一番の念願です。労働生産性を引き上げることによって、従業員の待遇を改善し、生活の安定と向上を計り、楽しく働いてもらいたいと考えております。
 カトーデンキは、売上げを追いかける為に拡大するのではなく、生産性のアップを追求するがゆえに利益が上がり、利益をもって、さらに生産性を上げるために出店をするという今までのパターンをくずさないようにやっていきたいと思います。
 それには、まず、私自身が勉強し、正しい判断ができるようにし、さらに、従業員の教育に力を注ぎ、実力のある会社にしていきたいと考えております。

 この様な考え方で頑張ってまいりますが、何と言いましても、本日お集まりの皆様がたのご指導と絶大なるご支援をいただかなくては、カトーデンキの将来はありません。どうかカトーデンキのお取引先の関係各社皆様がたのカトーデンキへ対するご支援を、今まで以上によろしくお願い申し上げます。
本日は、35周年祭に多数お集まりいただきまして、本当にありがとうございました。

いかがでしょうか。本当の意味でのお客様第一を実現するために、「従業員」「お取引先」「お客様」「株主」の順番で考える――今のケーズHDが掲げている企業理念のうち「株主」が入っていないのは、まだ上場前だったからです。「がんばらない経営」の原点となる社長就任あいさつですが、「頑張る」という言葉が登場しています。しかし、読んでみると、後の「がんばらない経営」と違和感はないはずです。「お客様」「取引先」「従業員」のために、社長として全力で取り組んでいく――といったニュアンスでしょうか。

生産性の向上とは?」で紹介した加藤馨氏の提言でも「生産性」について触れていましたが、社長に就任した加藤修一氏も同じように生産性について言及しています。「労働生産性を引き上げることによって、従業員の待遇を改善し、生活の安定と向上を計り、楽しく働いてもらいたいと考えております」という文章からは、生産性が、単なる企業としての利益追求ではなく、従業員の生活、働き方向上、さらには将来設計につながる重要な要素と位置づけられていることが分かります。

 さらに「カトーデンキは、売上げを追いかける為に拡大するのではなく、生産性のアップを追求するがゆえに利益が上がり、利益をもって、さらに生産性を上げるために出店をするという今までのパターンをくずさないようにやっていきたいと思います」として、規模拡大は売上重視の施策ではなく、生産性向上の結果と位置付けています。つまり、売上高や店舗数といったもので競合を上回ろうとするのではなく、生産性を向上する仕組みを築き上げることで優位性を発揮するという考え方です。

加藤馨氏の「提言 生産性の向上に就いて」では、従業員の生産性向上について語られていましたが、多店舗展開し企業規模が大きくなる中、加藤修一氏は考え方をもう一歩進め、仕組みとしての生産性向上を打ち出しています。実際、加藤修一氏は、社長就任から5年後の1987(昭和62)年に全店POSシステムを導入、翌1988(昭和63)年には独自の自動発注システム(店舗パターン別に設定された商品の定数を割ると自動発注する)を導入するなど、多店舗展開の土台となる施策を積極的に取り入れていきます。

個人店から水戸市内に複数店舗を展開するステージには、加藤馨氏がカトーデンキの基本となる考え方や理念、お客様の信頼や企業ブランドを確立しました。経営を引き継いだ加藤修一氏は、企業理念は決して変えず、新しい時代に合わせて大規模チェーンとしての考え方や施策を取り入れ、大きく進化させたといえるでしょう。

「生産性の向上」という切り口だけでも、スムーズに経営のバトンが引き継がれ、さらには時代の流れに最適な経営者がかじ取りしてきたのかがわかるのではないでしょうか。どの会社を見ても、社長交代は決して簡単なものではありません。カトーデンキの社長交代は、まさに際立った成功事例と言えます。

1990年社内報の記事
1990年社内報の記事でも「経営方針不変の軌跡」として加藤修一社長就任時の挨拶が掲載された

研究所長 川添 聡志

株式会社流通ビジネス研究所 所長 雑誌および書籍の編集者として出版業界に携わる。家電量販店向け業界誌『月刊IT&家電ビジネス』編集長を務めた後、家電量販企業に転職。営業企画やWebを含めた販促などを担当し、その後流通コンサルタントとして独立。ケーズデンキ創業者・加藤馨氏および経営を引き継いだ加藤修一氏の「創業精神」を後世に伝えるため、株式会社加藤馨経営研究所の設立に携わり研究所所長に就任。その後、ケーズデンキに限定せず、幅広く流通市場を調査研究するため、2022年1月からコンサルティング会社「株式会社流通ビジネス研究所」を設立し、同年4月より活動拠点を新会社に移行

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