「がんばらない」から余裕が生まれる

すべては社員のために「がんばらない経営」表紙

※本記事は「株式会社加藤馨経営研究所」サイトにて執筆・公開した記事です。

顧客満足を高めるのは“人の力”」でも書きましたが、社員が余裕をもって働けなければ、お客様に「親切」を徹底できません。結果は、その場その場の売上金額ではなく、将来に向けてどれだけお客様の購入につなげられるか、つまり「種まき」ができるかが大切と説明しました。将来の売上をしっかり種まきすることで、無理せず自然と熟した収穫物を集めるだけで売上金額を確保できるようになります。そのためにも、「やるべきこと」に集中し、「やらなくていいこと」を見つけることが大切なのです。

このような「がんばらない」良いサイクルは、途切れることなく回していくことが必須です。一度回転が途切れてしまうと、再度回すにはとても大きな力が必要になります。会社が大きくなればなるほど、回す車輪も大きくなるものです。創業時の規模なら、それこそ三輪車のタイヤを回すくらいに簡単でしょう。しかし、大型トラックやジャンボジェット機などの大きなタイヤを回そうとなると、とても一人の力では回せません。会社の成長とともにタイヤは大きくなりますが、回転が途切れさえしなければ、少ない力で回し続けることができるのです。

つまり、「がんばらない」良いサイクルは意識して回していかなければならないのです。加藤修一氏の著書「すべては社員のために『がんばらない経営』」(かんき出版 2011年11月発行)に「『がんばらない』から余裕が生まれる」という項目があります。今回はこの文章を紹介しましょう。

 リーマンショックで日本経済が暗澹とした時期でも、業績が順調に伸びたおかげで、ケーズデンキの「がんばらない経営」が、マスコミの注目を集めていました。
 この「がんばらない経営」とは、ゆっくり、着実に成長するために「無駄なことはやらず、やるべきことをハッキリ徹底する」ということです。
 急いで売上を上げようとすると、「あれもやろう、これもやろう」とよけいなことにまで手を広げてしまいがちです。
 そうなると、やるべきことまでおろそかになり、どれも中途半端な結果しか出てこないものなのです。
 「がんばらない」というのは、海外投資家への説明にも、そのまま「Gambaranai」と日本語で話しています。ただ、「がんばる」の意味については、「できもしないことをやる」という言い方に変えています。
 スポーツや趣味の世界はともかくとして、仕事なのですから、まず、やるべきことをちゃんとやる。できもしないことはやらなくてもいいけど、できることはきちんとやる。
 「がんばる」という姿勢で、できもしない負荷をかけると、整理がつかなくなり、できないと思いながらもやってしまい、やっぱりできなかった、という不毛な結果をもたらすことになりかねません。
 しかし、できることが明確に提示されていれば、社員はそれを実行していきます。がんばらせると、やるべきことが拡散し、優先すべきことが明確でなくなってしまいます。
 私は、会社は存続することが第一義と考え、経営を「終わりのない駅伝競走」になぞらえています。駅伝大会に出て、後先考えずに全速力で走り出す人はいないでしょう。それでは必ず途中で息切れしたり、棄権したりで、タスキは渡らなくなります。経営というレースでは、それは会社の倒産を意味します。
 企業は常に100%以上の力を出し、少しでも業績を伸ばすことを求められているという人もいますが、私は、こう考えています。
経営とは、どんな状況にあっても、対応できる余力や選択肢を持っていなければならない
 人は、常に100%以上の力を出し続けることはできないものです。瞬発力があっても、これが持続力につながるかどうかが重要なのです。
 大きな負荷をかけないとできない、と考える人もいるようですが、会社経営とは、できることは確実にやり、継続して成長していくことが大事と考えています。
 ケーズデンキの社風でもある「がんばらない」とは、やらないことを明確にし、やるべきことはきちんとやりましょう、できもしないことを望まないということです。
 64年間(※注 執筆時点の2011年3月期 翌2012年3月期で連続増収は途絶えた)、一度も売り上げを落とさずに来ていることを、「凄いですね」と誉めてくださる人も多いのですが、凄いわけではないのです。やれることを全部やってしまうのではなく、いつでも先のために取っておく。だから余裕が生まれる。その結果なのです。

加藤修一著「すべては社員のために『がんばらない経営』」(かんき出版)より

経営のプロを自称するコンサルタントなどには、「売り上げを10倍にする」「助言を聞けば飛躍的に利益が伸びる」などと謳っている人もいます。しかし、加藤修一氏が指摘するように、経営は「終わりののない駅伝競走」です。奇手奇策で数字を大きく動かすことは、「興奮剤」「化学肥料」などを使った「インチキ」のようなものでしょう。誰かのアドバイスや助言、あるいは他企業の手法を真似したからといって劇的に業績が改善することはありえません。

加藤修一氏は、経営には奇手奇策はない、だからこそ「やるべきことをきちんとやる」と常々語ってきました。これは小さな企業、あるいは店舗のような小さな組織でも同じです。「興奮剤」「化学肥料」に頼っていると、依存性が強くなったり、土壌が痩せていったりします。急激な成長促進には副作用があるのです。業績が悪いと、どうしても「何かしなくては」「どうにかしないと」と焦るものです。しかし、目先の結果に左右され、中長期的な視点で「やるべきこと」を見失えば、一番大切なタイヤの回転が止まってしまうのです。

「がんばらない」から余裕が生まれる、しかし「がんばらない」ことは決して簡単ではないのです。経営交代も、店長職など組織のトップの引き継ぎなども、しっかりタスキを引き継ぎ、「がんばらない」良いサイクルを意識して回し続けることが何より大切なのです。

すべては社員のために「がんばらない経営」表紙
加藤修一氏がケーズHD社長を退いた2011年に上梓した書籍――すべては社員のために「がんばらない経営」。現在書店では買えないので、古本で手に入れるしかない

研究所長 川添 聡志

株式会社流通ビジネス研究所 所長 雑誌および書籍の編集者として出版業界に携わる。家電量販店向け業界誌『月刊IT&家電ビジネス』編集長を務めた後、家電量販企業に転職。営業企画やWebを含めた販促などを担当し、その後流通コンサルタントとして独立。ケーズデンキ創業者・加藤馨氏および経営を引き継いだ加藤修一氏の「創業精神」を後世に伝えるため、株式会社加藤馨経営研究所の設立に携わり研究所所長に就任。その後、ケーズデンキに限定せず、幅広く流通市場を調査研究するため、2022年1月からコンサルティング会社「株式会社流通ビジネス研究所」を設立し、同年4月より活動拠点を新会社に移行

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